お祝いしようとしてる留三郎の話(現代)

留三郎はとても器用だ。自転車のパンクや、機械でもちょっとしたものなら簡単に直せてしまったし、高校のときには学校の備品を修理したりすることも多く、卒業時にはエアコンなんかの修理や日曜大工的なものも作れるようになっていた。そんな留三郎だから大学生になって寮に入っても色んなところから引っ張りだこで、一番世話になっている僕が言うのも何だけど、働きすぎなくらいだった。報酬はあるからちょっとしたバイトだと笑っているけれど、少し心配になることもあった。
そんな留三郎はここ最近今まで以上に忙しそうにしている。大学の講義以外はすぐに何処かに消えて、自室へ戻ったかと思えばご飯の時間も呼びに行かないと忘れてしまうくらいに何かに熱中しているようだった。それにあまり眠れてもいないらしい。他の学生よりはきっちりした生活を送っている留三郎には珍しいことで、さすがに一週間も経つ頃には心配が押さえきれなくなって、僕が部屋に押し入ったのが、今のこと。

「どうしたんだ、伊作?」
「どうしたはこっちの台詞だよ。最近忙しそうにしているし寝不足みたいだし、何かあったの?」
「いや、何もないが……」

困ったように笑う留三郎は、目の下の隈を除いたらいつも通りだ。そしてその分隈の存在が際立つ。文次郎ほどではないけど濃くなってきた隈は、ずっと一緒の僕にはとても異質に見えた。

「睡眠不足の原因が分かるまで、僕は此処に居座る気でいるよ」
「えーと……とりあえず、茶でいいか?」
「お構い無く!」

それでも冷蔵庫からお茶を取り出す留三郎は、うん、いいやつなんだ。ありがとう、とそれを受け取る。麦茶だ。おいしい。

「で、寝不足の原因は?」
「ああ、これだよ」

そしてあっさりと提示されたのは、指輪っぽいものだった。っぽい、とついたのはそれの飾りが少し歪なものだったから。思わず何これと呟いた僕に、留三郎は苦笑を零した。

「なかなか難しいんだ。これでも上達したんだけどな」
「え?……え、留三郎が作ったの?」
「まだ途中だけど」
「これ、指輪だよね?」
「ああ、指輪だ」

えええ。えええええ。えええええええ。
さすがに驚くしかなかった。幾ら器用だとはいえ指輪を手作りするとは思わなかった。嘘だろ留三郎、君が一体何を目指してるのか、僕にはさっぱり分からない。そう思ったけれど、それを撤回するのは留三郎の次の言葉を聞いてすぐのこと。

「もうすぐ朝子の誕生日なんだが」

なるほど彼女へのプレゼントだった。
留三郎には高校の後輩だった恋人がいる。しかし留三郎が大学に入ったことでなかなか会えなくなり、寂しい思いをしているらしい。そこでそろそろ誕生日だし指輪をプレゼントしようと思ったそうだ。だがしかし彼女に似合う指輪が見つからず、それなら作ればいいじゃないかと知り合いの店員に勧められ、そのひとの工房を間借りして理想のものを作っている、と、ノロケ話を要約すると大体そんな感じなのだそうだ。
深くは突っ込むまい、僕はそう自分に言い聞かせ、「そうだったのか」無理に止めることはしないでおこうと決める。

「じゃあ、あんまり無理はしないでとだけ言っておくよ」
「すまんな、心配をかけて」

こっちこそ、と首を振る。押し掛けて邪魔をしたのは僕だし、そもそも大学生にもなって口喧しく言われる謂れもないだろう。それなのにお茶まで出してもらって、申し訳ない限りだった。
お詫びと言っては何だけど、僕からきちんと連絡をしておこう。電話の声に元気がない気がすると不安になっていた朝子ちゃんに、指輪については誤魔化しながらも留三郎は元気だと教えてあげなくては。
しかし彫金までマスターしようとは、本当に、留三郎は器用にも程がある……。


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