食満先輩と夏祭りの約束をした話

なけなしの勇気を振り絞って、一緒に夏祭りに行きませんかとお誘いしたのは丁度一ヶ月前のことだった。それを食満先輩は快諾してくれて、焼きそば食べたいなとか、かき氷は何味が好きかだとか、そんな話を何度もした。私が林檎飴を食べたいと言えば絶対買いにいこうと言ってくれて、とても嬉しかったのを覚えている。
その一ヶ月後、夏祭りの日。

「……夏祭り、大雨で中止だそうです」
『……そうか』

携帯電話の向こう側にも、私が気落ちしているのが伝わったのだろう。食満先輩は気の毒そうに相槌を打った。



夏祭りは中止になったけれどよかったら会わないかと言ってくれたのは、私に気を使ってくださったのか食満先輩も会いたいと思ってくれていたのか。後者だったらとても嬉しいけれど、どちらにしたって会えることが私の心を踊らせていた。
傘を差せば雨粒が大きな音を立てて、からんからんと響く足音を消してしまう。歩きづらいけれどそう遠い距離でもないから、と、そう思ったのは間違いだっただろうか。でも折角だから見てほしかったのだ。夏祭り中止が発表させる前に、一生懸命になって身につけたこの浴衣を。ああでも何を張り切ってるんだとか思われるかなぁ、やっぱり着替えてきたほうが良かったかなぁ。歩きながらそんな不安を抱いたけれど、いつの間にかドアの前に立っていた。
少し着崩れていた浴衣を直して、インターホンを押す。すぐに聞こえた食満先輩の声に、どきどきとドアが開くのを待った。

「早かったな、雨、大丈夫だったか?」
「はい。あ、こんばんは」
「おう、こんばんは」

ドアを開けて迎えてくれた食満先輩に挨拶をすれば、ふっと笑ってくれる。それから浴衣に目を向けて「すげえ似合ってる」と言ってくれるから、私はほんの少し恥ずかしさを感じつつ、それでもやっぱり嬉しかったので心からの礼を言った。

「ん、よかったらタオル使ってくれ」
「ありがとうございます」

中に入り、既に用意してくれていたらしいタオルを受け取る。水分を取ってから奥に進むと、私はそこにあったものに目を瞬かせた。あまり大きくないテーブルの殆どを占めるのはホットプレートと、キャベツ、もやし、その他野菜やお肉。それから麺。そして別の場所にはアヒルさん型のかき氷器。

「食満先輩、これ……」
「あー……夏祭り、無理になったから。せめて焼きそばとかき氷くらいはと思ってな」

食満先輩に目を向ければ、気まずそう、いや、多分照れている様子が窺える。これは、先輩も楽しみにしてくれていたってことかなぁ。そうだといいなと考えながら、私は「ありがとうございます」礼を言う。

「とっても、嬉しいです」
「……なら、いい」

顔を背けた食満先輩は、やっぱり、照れているんだと思う。



焼きそばを一緒に焼いて、それからかき氷。「何が好きか分からなかったから」とシロップも幾つか揃えていたらしく、それを嬉しく思いながら、また後輩たちも交えて食べようとの言葉に頷いた。
それから近くのお祭りの情報を調べて、近い日程に行くことを約束する。今度は花火もあるから、それを一緒に見ることも。「林檎飴はそこで買うか」その言葉に対して頷けば、勢いがよすぎたのか食満先輩は笑って。

「楽しみだな」

そんなことを言われたら、やっぱり頷くしかなかった。


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