食満先輩と観覧車に乗る話

どうしてこうなった。俺は心の中で溜め息を吐く。
これはもう同室の伊作の不運が移ったに違いない、そう思おうとしたが自ら否定する。自分が情けないだけなのだと、認めるべきだろう。こうして向かい合うと、言葉が出なくなるなんて。

「……高いな」
「そう、ですね」

高いなって、観覧車なんだから当然だろう!自分の言葉に心の中でツッコミを入れる。ほら見ろ朝子だって困ってるじゃないか。正面を見れば苦笑いの朝子が見える。苦笑いですら可愛いなと思っていたら目があって、今度は逸らしたのは朝子からだった。
別に嫌われているわけではない。嫌われていたら観覧車にふたりで乗ることはないだろうし、そもそも付き合っているのだから。ただこうして誂えたような状況に慣れていないだけなのだ。夕暮れの、観覧車で、ふたりきりなんて。
どういう言葉を掛けていいのかも分からず、無言のまま向かい合って視線が交わっては逸らすというやりとりを繰り返す俺たちは、端から見ればひどく滑稽だろう。
このままでは何もなく一周してしまうこととなる。それは避けたい俺は、何とか会話の切っ掛けになるものはないかと頭を回転させた。そうしてぽつぽつと途切れ途切れの会話をし、気まずい雰囲気は変わることなく、頂点近くまで来たときのことだ。

「……」
「……大丈夫か?顔色、悪いみたいだが」

朝子が大人しいのはいつものことだが、今日はそれが行き過ぎているように思う。前を向き目を伏せがちにしていた朝子にもしかしてと思ったところで、「実は」彼女が口を開いた。

「その……高いところ、苦手で」
「え」
「食満先輩となら大丈夫かなと、思ったんですけど……やっぱり、ちょっと」
「す、すまん。俺が……」
「乗りたいって言ったのは、私ですよ」

困ったように眉尻を下げる朝子に、俺は何と返せばいいのか分からなかった。知っていれば止められたのにと考えれば、「少し、憧れていたんです」恥ずかしそうに呟くものだから、まずます何も言えなくなる。
何か出来ることがあればと思うが、俺が願ったところで観覧車を途中下車など出来るわけがない。昇ってきたのと同じ時間分、今度は降りていくのを待たなければならないのだ。その間に何が出来るかと考えて、結局思い付かずに訊ねてしまった俺は本当に情けないと思う。
問われた朝子は目を丸くして、それからそっと手を差し出した。「ご迷惑じゃ、なかったら」そんな前置きをするが、何であろうと当然迷惑なわけがない。

「……手を繋いでてくれませんか?」

勿論だと少し冷たい手を握れば、朝子ははにかんで笑った。


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