平太を拾った兄と妹

林の入口で青い顔してぷるぷるしてる変な格好の子どもがいたから、とりあえず連れて帰ることにした。稚児愛者?いやいやこの林俺んちの敷地だから。関係者以外立ち入り禁止だから。面白半分で入ったら危ないし、そこの川にキャンプに来て親とはぐれたのかも。迷子なら保護も必要だろ、な?

そういうことだからと男のひとが話しているのを、平太はそのひとの肩に担がれたまま聞いていました。相手のひとはずっと黙っているので分かりません。平太から見えるものは男のひとの背中とそこそこ立派な門だけです。何処かのお屋敷でしょうか、そんなところに連れてこられる理由も分かりません。拐われたのでしょうか、ごうもん、されるのでしょうか。平太はぐちゃぐちゃな頭のなかを一生懸命整理していました。ずっと担がれているのでおなかが痛いですが、それも平太は黙っています。知らないひとにそんなことを言うのは怖いのです。

「返してきなさい」

次に聞こえてきた声は、女のひとのものでした。優しそうな声色ですが、敵のくのいちかもしれないから油断しちゃ駄目だと習ったことを平太は思い出しました。だからただふたりの会話に耳を澄ませます。

「そう言うなよ妹よ。とりあえずメシでも食わそうぜ。ほらこんなにぷるぷるしてる」
「いいから返してきなさい。親御さんが探していたらどうするの。あとその子がぷるぷるしてるのは怪しい男に担がれてるからよきっと」
「大丈夫、この辺りに建物はうちしかない。警察を呼ぶにも電波が届かないし、親御さんらしい人が来たらまず我が家に訪れるだろう。そして迎える好青年な俺と美少女なお前。優しく介抱されている我が子を見て誘拐騒ぎになんてなるはずがない」
「好青年?そんな人うちにはいませんよ。うちには両親の留守を守る健気な私と家畜以下の愚兄しかいません。その自信はその子を返すついでに川に流してらっしゃい」
「辛辣な妹を持った兄はつらいです。なあ少年、慰めてくれ」
「変態な愚兄を持った妹こそつらいです。とりあえずその少年を下ろして離れなさい変態」

ふたりの会話は早くて、平太はたくさんの疑問を覚えながらもすべてを聞き取れてはいませんでした。正直なところ理解が追いつきません。平太が気付いたときには地面に下ろされており、すう、はあ、大きく呼吸をすることができました。
ざっ、と地面を踏む音がして、平太が前を向くと女のひとがしゃがみこんで視線を合わせていました。きれいなひと、けれどだからこそ油断はできません。学園に入ってから出会った女のひとはほとんどがくのいちだったからでした。どれだけきれいで優しそうでも騙されないよう、平太は覚悟を込めて袴をぎゅっと掴みます。

「きみ、お名前は?」
「えと……知らない人に教えちゃだめって……」
「おお、えらいなぁ」
「でも、きみの名前が分からないとお父さんかお母さんを見つけるのが難しいの。名字か名前のどっちかだけでも教えてもらえないかな?」

どうしよう、忍者は情報を話しちゃ駄目なのに。悩む平太に、女のひとは「お姉ちゃんはね、」あっさりと名乗りました。続けて男のひとも。このひとたちは忍者じゃないの?ますます平太は悩みます。実践経験も乏しいろ組でしたから仕方がありません。

「……平太、です」

家名を言わなければ、まだ大丈夫でしょう。平太は震える声で名乗りました。

「平太くんか。大丈夫、すぐお父さんかお母さんを見つけてあげるからね。……愚兄、見つけるまで帰ってこないでいいから」
「えーっ」
「子どもにこんなコスプレさせる親よ。すぐ見つかると思うわいってらっしゃい。……さて、平太くん、お腹すいてない?私、オムライスには自信があるの」

男のひとを追い出してぴしゃりと戸を閉めたこのひとは、優しいひと、なんでしょうか。男のひとに向ける言葉は厳しいけど。平太は自分の頭が撫でられるのを感じながら、そう思いました。
そういえば男のひとと会ったときも、優しくしてくれたような。未だ混乱しているのでこの家に来るまでの経緯もあやふやでしたが、平太の中でしゅるしゅると警戒心が萎んでいきました。

「……あの、おむらいすって、なんですか?」


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