お祝いしようとしてる雷蔵の話

どっか寄って帰ろうぜ、と誘いをかけてくる八左ヱ門に雷蔵は申し訳なさそうな顔をして首を振る。ここ一月ほど、ずっとこの調子だ。まったく八左ヱ門もめげないやつ、というか察しが悪いやつだった。

「雷蔵、八左ヱ門が構ってもらえない犬みたいになってるから理由くらい教えてやったらどうだ?」
「え、でも、うーん……」
「あ、悩むなら移動しながらにしような」

はいはい行こう行こうお前もとりあえず付いてこいよ八左ヱ門、そう雷蔵の背を押しながら教室を後にすれば、八左ヱ門が慌てた様子で追いかけてくる。階段では足を踏み外さないよう気をつけて、下足場では上靴をきちんと履き替えさせて、そうして好きに悩ませていれば目的地の目の前で「よし」考えが纏まったようだった。

「あのね、少し買い物がしたくて」
「ここで?」
「あ、うん。此処で」
「ここでぇ……?」

八左ヱ門が呆気に取られるのも分からないでもない。こいつには一生縁がないであろうファンシーショップが目の前にあったのだから。
男子には敷居が高く感じるカラフルな空間に雷蔵は迷いなく足を踏み入れる。私もそれに続けば、八左ヱ門が戸惑いながら追いかけてきた。居心地が悪いのかきょろきょろと落ち着きがないが、あんまり挙動不審だと目立つぞと言ってやるべきか。いや、いいか、面白いし。

「そろそろ決めてしまわないとな」
「そうだよね、まだ昼ごはんのお店も決まってないし……何が食べたいかなぁ……」
「店のことは今は置いておけばいいさ。それで、昨日は何個に絞ったんだっけ?」
「みっつ。ちゃんと今日中に決めてしまうよ」

マグカップと時計と入浴剤セットだったか、雷蔵はそれぞれの売り場をうろうろとしながら再び悩み始めた。この調子なら今日も時間が掛かりそうだと判断し、私は何か聞きたそうな八左ヱ門を振り返る。外に出るかと訊けば頷く八左ヱ門は、余程居心地が悪かったのだろう、足早に店を出ていった。

「雷蔵、ここ最近ずっとこんな感じだったのか?」
「まぁ、そうだな。先週まではお茶する場所を決めていたが」
「なんだってそんな……」
「決まっているじゃないか」

何処に行くのか、何をするのか、雷蔵はそんなことをずっと悩んで決めていた。彼がそうする理由なんて、私がそれに助言も何もしない理由なんて、限られているだろう。それでもまだ分からない八左ヱ門に、私は焦らすことなく答えを送る。

「もうすぐ朝子の誕生日だろう」

雷蔵の恋人、朝子のだ。喜んでもらえるようにすべて自分で決めたいからと、動き出したのが一月ほど前。本当に私に情報やアドバイスを求めることもなく、雷蔵は時間を掛けて自分自身で考え続けていた。すべては恋人を喜ばせるために。
私の答えに八左ヱ門は納得するような声を上げる。そして店の中を見て、雷蔵の姿に苦笑した。きっと私と同じようなことを思ったのだろう。ここまで想われている朝子は、まったく幸せなやつじゃないか、と。


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