空から伏木蔵が降ってきた

ピカッと空が光り雷かと夜の空を見上げれば、何かの塊が見えました。なんだあれ、と呆気に取られているうちにそれが降ってきていることに気付き、段々大きくなってきたそれが人間の子供であることに気付き、パラシュートも何もつけていないことに気付き、慌てて両手を伸ばした私は受け止めたら自分も無事ではいられないことに気付かず。

結果、両腕の骨が折れました。



「すごいすりるでしたぁ〜」
「スリルどころの話じゃないよ……」

病院を出ると、あまり宜しくない顔色の少年、鶴町伏木蔵くんは覇気のない声できゃっきゃと笑います。この少年こそ夜の空に降ってきて私の両腕の骨を粉砕した元凶です。何故少年は無傷なのか、理不尽さを覚えながらも、両腕が千切れなかったことを不幸中の幸いと思うこととし、骨を犠牲に少年の命を救えたのだからと自分を納得させました。

「それで、鶴町くんのおうちは?」

大事な息子の命を助けてやったんだから、治療費諸々は搾り取ってやる。そんな心情を隠しながら問いかけます。家に帰してあげよう親御さんも心配してるだろうし、という建前を忘れつつありますが、家に帰すことに変わりはないので構いません。金を取ることも変わらないように。
けれど少年は「分かりませぇん」暗く縦線の消えない笑顔で答えました。

「え?」
「ぼく、実習中に崖から落ちた筈なのに、気付いたら空から落ちてましたから。それに、ここ、僕のいたところと全然ちがいますし」
「え、え?」
「多分、神隠しにあっちゃいましたぁ」

つっこみどころが多い、けれど、『神隠し』は無視できない単語でした。そういえばこの少年、妙な格好をしています。男の子にしては長い髪。草鞋と、着物のような、けれど祭に着るようなそれでなく、まるで時代劇に出てきそうな衣類。
本気でしょうか、戯言でしょうか。そもそも空から降ってきたのです。何もない空から。宇宙人でも天空人でもタイムスリップでも信じてもいいかな、と思い至った私はきっと疲れていました。

「よし、じゃあ、とりあえず私の家に行こうか」
「え?」
「君のせいで折れたんだから、治るまで手足となってもらうからね」
「足は折ってないですけどー」

そこは言葉のあやってやつです。どうするのかと問えば、少年はとてとてと走り寄って隣に並びました。一人暮らしでよかったと思うべきか否かも、もう考えないでおきましょう。

「一生懸命ご奉仕しまぁす」
「……君がホラ吹き家出少年じゃないことを祈るよ」

両腕折って誘拐犯になってしまうなんて御免です。溜め息ひとつ。私の顔を見上げる少年はやっぱり顔色の悪いままでにこにこと笑っていました。
これが私と鶴町くんの、スリル溢れる共同生活のスタートです。



(骨折で済むのかとか細かいことは気にしない)


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