孫次郎は意地悪?

私の幼馴染みの孫次郎は、とても意地悪だ。
この春から何処かの学校に行っているのだけど、そこに行くようになってから意地悪度が高まっている気がする。あんまり意地悪だから帰ってこなくてもいいのにと思ってしまうけれど、孫次郎の母様はとても喜んでいるからそんなことは言っちゃいけないの。



お洗濯を終えて家に入ると、孫次郎がいた。そろそろ帰ってくると聞いていたけど、今日だったんだ。そう思いながら「おかえり」と言えば、孫次郎がにこにこして「ただいま」と応えた。

「あのね……朝子ちゃんにおみやげ持ってきたんだ」
「いい、いらない」
「どうして?朝子ちゃんのために持って帰ってきたのに」

悲しそうな顔でしゅんとする孫次郎に良心がちくちく痛むけれど、前回のおみやげを思い出してそれを振り払う。にこにこ顔で差し出された拳の中、開いたそこにあったもの。

「前にもそんなこと言って、変な虫だったもん!」
「あれはすごく珍しい虫なんだよ、逃がしちゃったのが勿体無いくらい……」
「虫は全部同じだもんー!孫次郎の意地悪!」

思い出してもぞわってする。虫はあんまり好きじゃない。孫次郎の持ってきたのは綺麗な色をしていたけれど足がいっぱいで怖かった。
今回は何を持ってきてくれたのか分からないけれど、孫次郎は意地悪だから、また虫や蛙なんかかもしれない。それは見るのも嫌だから、私はお洗濯で使った盥を置くとおうちを飛び出した。お外で掃除をしていた母様に、日が沈む前には帰りますと言ってから。



飛び出した私が向かうところは大体決まっている。だから孫次郎が私を見つけるのもすぐで、けらどそれまでには私の頭も冷えていた。
孫次郎は意地悪だけれど、それは本当に意地悪をしようとしてるんじゃない。いつだって私に優しくしようとして、失敗してるだけ。おみやげだって、私を喜ばせようと持って帰ってきてくれていた。
おみやげをくれるのは私にだけで、孫次郎の母様と父様もおみやげの『物』は貰っていない。孫次郎の御両親にはおみやげの『話』があるけれど、私には話しちゃいけないこともたくさんあるからって、孫次郎が言っていた。だからその分おみやげで『楽しい』のお裾分けをしたいんだって、言っていた。
だから、孫次郎は本当は優しいの。優しい孫次郎にひどいことを言っちゃった悪い子は、私なの。

「ごめんね、孫次郎。あのね、仲直り、してくれる?」
「……うん。僕も、前のおみやげ、ごめんね。朝子ちゃんが虫嫌いなの、忘れちゃってた」

河原でしゃがみこむ私の隣に、孫次郎が座る。仲直りはとても簡単で、隣を見れば孫次郎が笑ってた。
「おみやげ、見せてほしいな」私が言えば勿論と孫次郎が頷く。一応、虫じゃないよねと訊いたら虫でも蛙でもないよと困った風に答えた。
それから隠すように持っていたものを、私に差し出してくれた。綺麗な色の、綺麗なお花を。

「お花……」
「僕の友達が育ててたのを、少し分けてもらったんだ……朝子ちゃん、お花、好きでしょう?」
「うん、ありがとう、すごく嬉しい」

お花を受け取って、私は孫次郎にお礼を言う。孫次郎のお友達にもお礼が言いたいけど、いつか会うことはできるかしら。きっと無理だと分かってるけど聞いてみたら、孫次郎は一転つまらなさそうにお礼なんていらないと答えた。どうしてと聞いても答えてくれない孫次郎は意地悪だと思ったけど、日が沈みそうな頃にそろそろ帰ろっかと手を差し出してくれるから、転ばないように気を付けてくれるから、やっぱり孫次郎はとても優しい。


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