チョコが欲しかった勘右衛門

好きな人にチョコレートを作るの、と友達に話しているのを聞いたから、もしかしてとそわそわしたのは嘘じゃない。学校で一番仲の良い男は間違いなく俺だったし、他所の学校にお付き合いしている奴がいるとは聞いたことがない。むしろその友達との間でも噂になっていたのは俺だった筈だ。なんで知ってるか?まぁそれは、俺が学級委員だからということにしておこう。
それでもバレンタイン当日、朝子ちゃんは俺にチョコレートを差し出してくれることはなかった。



「作るつもりだったけど、結局作らなかったんじゃないのか?」
「手作りの友チョコを交換しているのを俺は見た」
「失敗して好きな人には渡せなかったとか」
「料理上手で家庭科実習に大活躍な朝子ちゃんが?」
「……今日の勘右衛門は面倒くさい」
「ごめん兵助」

兵助は心底うざそうな顔をしているが許してほしい。朝子ちゃんがチョコレートをくれるなら他の子からも受け取るのは悪いと思って、手紙だとか以外は全部返したのだ。人気者の勘ちゃんも今年は愛に生きるのだと、そんな今となってはよく分からない使命感のようなものに突き動かされて。あとその話をしたら八左ヱ門に恨みがましく見られたがそれは重要じゃないから置いとこう。

「朝子ー」

俺がそんなことを考えていたら、兵助が朝子ちゃんを呼んでいた。え、何、いきなりどうしたの。呼ばれた朝子ちゃんも不思議そうな顔をしてこっちに近付いてくる。

「なぁに、久々知くん」
「勘右衛門がチョコ貰えなくて落ち込んでてうざいからどうにかしてくれ」
「え」
「え」

何してくれてんの?!そして何『良い仕事をした』みたいな顔してんの?!固まる俺と朝子ちゃんを置いて兵助は何処かに去っていくが、まったくもって意味が分からない。
恐る恐る朝子ちゃんを見てみれば、彼女もこっちに顔を向けて。ちっとも理解できていない顔をしているがそれは俺も同じだから説明できないのは許してほしい。
暫くの沈黙の後、「えっと、」先に口を開いたのは朝子ちゃんだった。

「勘ちゃん、チョコ断ってたんじゃなかったっけ……?」
「………………本命からだけに貰いたいな、と思ってて」

そっと視線を外すのは、声が小さくなったのは、馬鹿馬鹿しいと笑われるのが怖かったからだ。思い返せばとても恥ずかしいことでしかない。勝手に勘違いして、期待して、何をしているんだか。
それでも朝子ちゃんの笑い声は聞こえなくて、もしかして呆れられているのかと、引っ込んでしまった勇気をどうにかちょっとばかり引き出してちらりと様子を窺った。ら、朝子ちゃんは顔を真っ赤にして視線を泳がせていた。
これは、やっぱり、もしかして。

「朝子ちゃん、は、チョコ作った?」
「あ、あのね!あの……好きな人にチョコレート作ったんだけど、受け取って貰えないと思ってやけ食いしちゃって」
「え」
「でも、また作ろうと思うんだけど……そしたら、勘ちゃん、受け取ってくれる?」

ああやっぱり勘違いじゃあなかったのか。兵助グッジョブ。ゆるゆると緩む頬をそのままに「勿論!」俺は頷く。力一杯頷く。こくこくと頷くあまりに目が回ったのは、まぁ、仕方ないことなのだ。
楽しみにしてると言う俺に「頑張る」と笑う朝子ちゃんは、これ以上なく可愛かった。


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