食満と富松と下坂部のおつかい(未完) ・平太夢予定だけど夢主出てくるまで進んでない 01 忍たまは学園長先生から『おつかい』を言いつけられることがある。 たとえば金楽寺の和尚さんに届け物だとか、一年生がよく行っているそれのことだ。その『おつかい』は一年生だけでなく、二年生から六年生まで皆が言いつけられる。ただし当然ながら届け物ばかりであるわけがなく、学年ごとに難度の差はあるのだが。 「というわけじゃ。頼んだぞ」 「は、はい」 そう、六年生に回される『おつかい』は難度が高い筈なのだ。食満留三郎はそう考え、学園長先生の言葉に応えつつも内心首を傾げていた。 今回の『おつかい』は良家の娘の護衛だという。十の齢になった娘は数日後に嫁入りを控えているそうだが、まぁ両家の結婚に賛成の者ばかりではないわけで。万が一にも血生臭いことが起こらないよう、嫁入りの日までの護衛を頼んできた。それはいい。だが、その程度ならば五年生でも十分ではないだろうか?……引っ掛かるのは、そこである。 五年生では心配になる要素でもあるのかと思ったが学園長の話にはそれもない。五年生が全員長期遠征か何かで不可能なのだとしても、自分の生まれもった目が年頃の子どもに懐かれやすいものではないと自覚していた。仙蔵か誰か他の奴の方がいいのではないかと、何故自分なのかと、留三郎にはそれが不可解だった。 それを読み取ったのか、学園長は好好爺然とした笑みを浮かべる。 「何故自分なのか、と言いたげじゃな」 「そ、のようなことは……」 「よいよい。実は、向こう方が頼んできたのは護衛だけではないのじゃ。娘の遊び相手と、世話役も頼まれてな。先に話を通したそのふたりの要望が、他の生徒でなくお主だっただけのこと」 「遊び相手と、世話役、ですか」 十歳の娘の遊び相手ともなれば下級生だろう。その中で交流があるとなれば委員会の後輩だろうが、しんべヱ喜三太はそれこそ仙蔵を指名する。何故だかものすごく懐いているからな、と自分で考えて少し落ち込んだ。いや落ち込んでいるバヤイではないとすぐにそれを追い払ったが。 「同行するのは三年ろ組富松作兵衛と、一年ろ組下坂部平太じゃ。よろしく頼んだぞ、食満留三郎」 なるほど彼らかと納得し、留三郎は再度掛けられた言葉に今度こそしっかりと返事を返した。 02 というわけで明日から十日間ほど留守にするから、と何でもないように同室の男が言うのを、善法寺伊作は危うく聞き逃しそうになってしまった。慌てて仏像を彫る手を止めて衝立の向こうに顔を出せば、既に布団を敷いていた留三郎がどうしたと不思議そうな顔をする。 「十日間もいないの?!留三郎だけじゃなく、三年生も?!」 「おう。作兵衛と、平太もな」 「十日間も?!」 「何回言わせる気だよ」 留三郎は苦笑するが、対する伊作は冗談でないことに絶望していた。嘘だと言ってくれ。学園長先生は一体何を考えているんだ。 たった五人の用具委員会から、三人が消えてしまうなんて。いや、人数の問題ではない、用具委員会委員長である留三郎と、それに次ぐ三年生の作兵衛が共に居なくなることが、伊作の考える大問題であった。 用具委員会の仕事は道具用具の管理と修補だ。だが実際はそれだけでなく、壁や屋根など学園のすべてが彼らの手によって直されている。特に学園中に存在する穴埋めは伊作たち保健委員会が最もその恩恵を受けている部分であった。 それが十日もの間、停止される。いや実際はふたり残っているが、一年生ふたりで何が出来るというのか。一年生たちは頑張るだろう、だがその努力ですべてを補完できるわけがない。何処を優先すべきでどこを後回しにするかの判断なんて、できるわけがないのだ。 終わりだ。学園は、終わりだ。あと我が保健委員会も全滅だ。主に穴のせいで。 「留三郎、僕が代わりに行くんじゃ駄目か……?」 「は?」 「同じ委員会の六年生と三年生と一年生じゃないと駄目だっていうなら、僕と数馬と乱太郎が行くから!」 「はは、何言ってんだ。お前は護衛向きじゃないだろ?心配するな、作兵衛たちにも怪我はさせねぇよ」 冗談だと思っているのか笑って流す留三郎に、心配なのは僕たちの身だよ!とは、さすがに情けなくて言えなかった。伊作は尚も食い下がりたい気持ちをぐっと抑えて「それならいいんだ……」衝立の影に引き下がる。おやすみと言う声におやすみと返しながら、自分も早く寝ることにした。仏像なんか彫る気分じゃない、自分たちの身を守ってくれる神仏ならともかくどうして他人の為にと、自身のキャラクターを見失いかけながら。 さっさと布団を敷きそれに潜り込むと、伊作はひとつ決心した。助けてもらうばかりでどうする保健委員会、十日間くらい生き延びてみせようじゃないか。とりあえず地面の上は必要以上歩かないよう早急に後輩たちへ伝えることに決めた。トイペ補充は、最悪利用者たちに取りに越させよう。他人の菊座と褌事情なんて気にしない。作戦名は『いのちだいじに(※ただし保健委員会に限る)』だ。 学園のことは、早々に諦めた。 03 「何の心配もいらないからな」 そう優しく笑ってみせる委員長に、富松作兵衛はぐるぐると渦巻いていた不安と止まらない妄想を一度に捨て去った。捨て去ったというか、許容量を上回ってしまったためばっさりと断ち切ったわけなのだが、「宜しくお願いします!」と笑顔で言えたのはそういうことである。 「あの……よろしくお願いします……」 「おう。よろしくな、ふたりとも」 そう、同行するのは我らが戦う用具委員長なのだ、何も心配はない。平太の頭を撫でる留三郎を見てそう自分に言い聞かせながら、新たに芽生えそうになる不安は見ぬ振りをした。 「じゃ、そろそろ出発するか」 「はい」 その屋敷は南の町の更に南の町のそのまた南にあるらしい。今から歩けば夕暮れには着くだろうか、いや一年生にはつらいかもしれないから途中の町で一泊するんだったか。 とにかく今日から十日間精一杯に頑張ろう。お嬢さんがどれだけじゃじゃ馬でも我が儘でも、同室のふたりより手が掛かることはきっとないだろうから。 そうして作兵衛は、一番の不安を意図的に気付かない振りをした。 04 下坂部平太の世界は狭い。 学園の中では自分の教室や委員会くらいのものである。他の学年や学園の関係者も、友人と一緒じゃなければ話せないし目を合わせることも難しい。特に初対面のひとと仲良くなることが、どれほど苦難であることか。考えただけでちびりそうだと、考えることをやめた。 そんな平太が遊び相手に選ばれたのは、担任である斜堂影麿の嘆願であった。最初は実践に強い一年は組の誰かに任されようとしたそれを、待ってくださいと非常に静かな声で止めたのだ。 「今回の『おつかい』はさほど難しいものではありません……今回はろ組の生徒に、実践経験を積ませてあげたいのです」 なるほどではそうしようと、その言葉はあっさりと受け入れられた。否、唯一一年い組の担当である安藤夏之丞だけは噛みついたが、それもあっさり流された。先に言ったもん勝ちだ。 そして比較的他者との接触が得意な鶴町伏木蔵や初島孫次郎は置いておき、選ぶであろう上級生のことを考えて、下坂部平太が遊び相手に選ばれたのである。 「ぼ、僕がですか……?」 『おつかい』を頼まれた平太がいつもより顔の縦線を増やしたのを予想通りの反応だと思いつつ、斜堂は頷いた。 「はい……大丈夫です、けっしてひとりではありませんから。二年や三年辺りからひとりと、五年や六年からひとり、一緒に行くことになります」 「そ、それは、誰になるんですか……?」 「貴方は誰がいいですか?」 当然、平太が知っている上級生なんてほんの少し。今にも泣き出しそうな平太がどうにか絞り出したその名前は、教師の予想通り富松作兵衛と食満留三郎であった。 以上、閑話休題。 ← ×
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