記憶喪失な伊作(未完)

・なんちゃって記憶喪失
・夢主は幼女
・途中まで 続くかは未定
それでもよろしければどうぞ



01

此処は何処だろう。見覚えのない天井を見上げぼんやりと考える。記憶がどうにも曖昧だ。順々に思い出そうと今日一日の始まりから振り返る。ええと、何をやっていたんだっけ。
……。
…………あれ。

「僕、名前なんだっけ……?」

呆けじゃなく、度忘れでもなく、自分の名前が浮かばない。
名前だけじゃない。今日のことどころかこれまで何をしていたのかも、何処に住んでいるのかも、親の顔も友人の顔も、きっと大事にしているだろう僕を形作るものが何ひとつ、思い出せない。
まさかこれは、まさか。

「おにーちゃん、じぶんのおなまえ、わからないの?おじーちゃんといっしょね」
「誰?!」

突然聞こえた声に僕は布団をはね除けようとして、痛みに顔を顰めた。酷い怪我をしているようだ。しかしそれどころでなく、思っていたより随分近くに――いや、僕が目を醒ます前からそこにいたんだろう、小さな女の子の姿を、僕は視界に映した。
大きな目をまんまるにさせて首を傾げる女の子に、「ご、ごめん、びっくりして」声を掛けてみれば、女の子はにっこりと笑う。

「朝子ね、朝子っていうの」

名前、だろう。朝子ちゃん、と名前を呼ぼうとして、それよりも先に彼女はすっくと立ち上がった。

「おにーちゃん、おきたから、おじーちゃんよんでくるね」
「えっ、待っ……」

呼び止める間もなく女の子は家を出ていく。ああ、まだ現状把握がひとつも出来てないのに。けれど女の子に訊いてもきっと教えてもらえることは限られているだろう。それなら大人の誰かを待つしかない、と思うのだが、きっとその誰かも戸惑うだろうとの予想に僕は溜め息を吐かずにはいられなかった。

重傷かつ記憶喪失とか、難易度高過ぎる。





02

「目が覚めたかの」

朝子ちゃんが連れてきたご老人は、僕が布団から出ようとするのを止めながらそう言った。まだ休むようにと言う彼は優しく笑っている。顔に刻まれた皺を見るに、悪人では、なさそうだ。
彼の話では、僕は山の中で倒れていたらしい。崖から足を滑らせたのだろう僕を村の青年が連れ帰ってきたのだそうだ。

「ありがとう、ございます」

そのまま捨て置かれたらどうなっただろう。そのまま冷たくなるのを待ったか、野犬に食われたか。きっと命はなかっただろう、運がよかったのだ。恐ろしいとばかりにぶるりと肩が震える。それをなんと受け取ったのか、彼は優しく笑った。

「まあ、傷が癒えるまでゆっくりしなされ、薬師殿。何もない村じゃが療養くらいはできようて」
「は、はい、重ね重ね……薬師?」
「おや、違ったかの?荷物があったのでそうだと思ったのじゃが」

当然のように放たれた彼の言葉に、僕は戸惑う。僕が薬師だなんて、まさかそんな立派なものなのだろうか。自分のことなのに分からないだなんて。
混乱する僕を訝しむ彼に、しかし僕が何かを伝える前に朝子ちゃんがその手を引っ張った。

「あのね、おにーちゃん、じぶんのおなまえわかんないんだって」
「名前が?まさか……」
「おじーちゃんもよくわすれちゃうから、いっしょね!」
「一緒ではない、が……そうか、記憶が……」

ふむ、と静かに深く頷いた老人は、朝子ちゃんの頭を何度か撫でてから言葉を紡いだ。

「一時的なものかも知れぬし、医学に通じる者もおらんからどうとも言えんが。とにかく、傷が癒えるまでは休みなされ。悩むことは、そのあとにすればよろしい」

それから彼は、動けるようになるまでの世話は朝子ちゃんがすること、動けるようになったら幾らかの労働をして返すこと、など幾つかの話をした。矢継ぎ早なそれは考える時間を与えないようにしようと思ったのだろうか。悩まないでいられるのは、今はとてもありがたかった。





03

この葉は磨り潰せば切り傷に効く――知ってる。
この草には大した効能はない、けれど根は煎じて飲めば腹痛に効く――知ってる。

僕が薬師だとは思えないけど、確かに薬の知識はあるらしい。まだろくに動けない僕は、布団に座りながら広げられた葉を選別していた。薬になるもの、ならないもの。ひとつひとつを分けていると、聞き慣れた足音がして外へと目を向ける。それからすぐに現れる小さな影。

「やくしさま!おはな、とってきた!」
「朝子ちゃん、ちゃんと優しく採ってきてくれた?」
「うん!」

息を切らせる朝子ちゃんが、僕に黄色い花を差し出す。それは確かに僕が教えたもので、そう伝えて褒めれば嬉しそうに笑った。

薬は銭になる。だから、手持ちの薬はじいさま(あの老人、朝子ちゃんの祖父で村の長だそうだ)に渡した。世話になる礼として十分とは言えないけれど、それでも薬の少ないこの村には貴重なものだろう。このご時世、荷物だけ奪われていてもおかしくないのだ。命も助けてもらったのだから惜しくはない。
しかしそのことでやけにありがたがられ、薬師様だなんて呼ばれてしまった。すぐにやめてもらったが何故か朝子ちゃんは気に入ってしまったらしい。僕をそう呼び続けるのはそのせいだろう。

まあ、それはともかくとして、傷の痛みがなくなってくるとのんびり寝ているのも落ち着かなくなった。何か出来ることはないかと思い、今のように朝子ちゃんに近辺で生えている草を少しずつ持ってきてもらっている。頭に残る薬の知識が本物か、それだけでも確かめたくて。

「さて、と。まずはこれからかな」
「やくしさま、そのはっぱは?」
「余分な水はあるかい?洗って、擂り潰せば、ここの傷に効くんだよ」
「おみずあるよっ。くんでくる!」
「ありがとう、足元に気を付けてね」

簡単なものから試してみよう。勿論実験に使うのは僕の身体だ。残っている知識がどうかでたらめでありませんように。


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