暑中見舞:食満

どうしてこうなったのだろう。
けっして嫌なわけじゃない。むしろ嬉しい。けれど胸は必要以上にどきどきしていて、時折不安でぎゅうっとなる。今日が終わるまで生きていられるかしらと馬鹿げたことを考えて気持ちを落ち着けようとして、「待たせたな」その声に心臓がばくばくと音を立て始めた。

「こ、こんばんは、食満先輩」
「ああ」

今日は地元の花火大会だ。
そして一緒に行こうと約束した相手が、誘ってくださったのが、食満先輩だった。夢みたい、でも、夢じゃない。

「……浴衣だな」
「は、はい」
「似合ってる」

浴衣なんて気合い入れすぎだと思われたりしないか、そんなことを一時間ほど悩んだけれど、食満先輩のその言葉ひとつで着てよかったと安心する。「あ、あり、ありがとうございます」多分顔は真っ赤で、先輩の顔を直視できないし、声も上擦ってしまったけれど。

「じゃ、行くか。まだ早いけど、夜店もあるし……あ、晩飯食ったか?」
「食べてないです」
「俺も。花火までは腹ごしらえだな」

待ち合わせ場所だった駅から会場までは歩いて数分程度しか掛からない。その道を歩きながら何を食べたいだとか去年はどんな花火だったとか話をしていれば、すぐに祭りの明かりが見えてきた。ずらりと並んだ屋台を前に、私たちは一度足を止める。

「やっぱり人が多いな」
「そうですね」

花火大会なら大体そうだろうけど、ここの花火大会も驚くほど人が多い。町中の人が集まるんじゃないか、それどころか近隣の地域の皆が集まってるんじゃないかと思うくらいに、人でごった返していた。
はぐれてしまったら大変だろう。そう思い食満先輩の手を見て、慌てて逸らす。そんなこと言えない、そんな、もし引かれてしまったら嫌だし、でも――……そんな恥ずかしい葛藤の最中、「はぐれたら大変だよな」先輩の一言に見透かされたのかとひやりとする。

「そ、そう、ですね」
「……あー、その、だから、嫌じゃなかったら、手でも繋がない、か?」
「っ……!」

本当に、夢じゃないの?

「あ、いや、ケータイもあるし、はぐれても何とかなるだろうから、嫌なら別に――」
「お、お願いします」

いいのかな、とか、そんなことを考える前に声に出してしまっていた。これが食満先輩の冗談だったなら馬鹿だと思われるかもしれない。嫌がられるかもしれない。
本当に伸ばしていいのか分からず中途半端な位置で手が揺れる。それを先輩が、手に取ってくれた。温かい手に顔を上げると先輩は顔を背けるようにして「行こう」手を引っ張った。

「……」
「……」

歩き始めてもどきどきが止まらない。言葉がなくなるけれど、先輩も同じ気持ちだったりするのだろうか。そんなことないと分かっているけれど、私の胸には幸福がじんわりと広がっていた。私の心臓は花火まで持つのかしらなんてまた馬鹿げたことを考えながら、私たちは人込みの中に紛れていく。



(チアキさんへ)


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