暑中見舞:七松

「小平太先輩、お待たせしました」

浴衣の袖を揺らしながら待ち合わせ相手のもとに駆けていく。小平太先輩は私に気付くとにかりと笑ってぶんぶんと手を振ってくれた。
浴衣姿の小平太先輩も格好いい。私がお願いして着てきてくれたそれは、そこいらのいちゃつくカップルの男よりも様になっていた。そりゃあ欲目もあるかもしれないけれど、それでも先輩ほど似合う人なんていない。

「先輩、今日は一段と格好いいです」
「そういうお前は一段と可愛いな!」

小平太先輩は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれる。おかげで髪型は乱れてしまったけれど、それを見越してシンプルに纏めていたから直すのも簡単だ。そう思っていたら小平太先輩が手を出してきた。

「貸してみろ、直してやる」
「わあ、ありがとうございます」

すっと後ろから髪の毛を掬ってくれて、わくわくと心が躍る。小平太先輩は意外と器用だからどんな髪型にしてくれるのか楽しみだ。

「こういう格好をしてると昔を思い出さないか」
「そうですねぇ」
「昔も祭りに行こうと約束をしたよな」
「はい。……結局、行けませんでしたけど」
「今日やっと約束を果たせる」
「ふふ、そうですね」

昔の、前世の忍術学園卒業後のことはあまり覚えていない。けれどこの約束のことは覚えていて、果たされていないことも覚えていた。それだけ楽しみにしていて、惜しく思っていたのかもしれない。それでも今日、こうして共に過ごせる。これは何事にも代えられない幸せなのだろう。
「出来たぞ」小平太先輩の手が離れて、私は巾着から鏡を取り出す。綺麗にお団子に纏められているのだろう、それを確認する私と小平太先輩の視線が鏡越しに合った。すると小平太先輩が笑顔を浮かべる。

「これは待たせた詫びだ」

髪に挿されるそれに、私は驚いて鏡を落としそうになった。
小振りな花の飾りのついた簪がしゃらんと鳴る。あまり派手でないそれはとても可愛らしくて、かつて憧れたお姫様のよう。

「せんぱい、」
「さあ行くぞっ。屋台を片っ端から制覇だ!」
「……はいっ!」

嬉しくてお礼を言いたかったのに、それを言わせないように小平太先輩がにかりと笑った。
言葉とともに走り出した先輩を追い掛ける。しゃらんと簪が鳴って、私の胸も高鳴る。捕まえられたらお礼を言わせてもらおう。昔でも今でも不可能だけど、今日だけは待っていてくれているから。



(木冬さんへ)


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