潮江と一年くのたま主

ぱちぱちと算盤を弾く音がする一室。そっと隙間を開けるとたったひとり、長机に向かう潮江先輩の姿があった。

「……」

田村先輩はカノコさんのお世話、神崎先輩は迷子になってて、左吉くんは校外学習からまだ帰ってなくて団蔵くんは補習中。会計委員会は暫く潮江先輩だけ。
だから、お手伝いを申し出るのだ。大変な帳簿付けをたったひとりで行う潮江先輩のお役に立つために。
十キロ算盤は扱えないけど、帳簿を付けるくらいならできる。潮江先輩のお役に立てるなら何だってしたい。あと、できれば、褒めていただきたい。
だからこの障子を開けて、申し出ないと。

「っ……」

でも、なかなか開けることができない。どきどきして落ち着かなくて、声を出そうとした口はぱくぱくと動くだけ。
やっぱりやめておこうかな、いつもみたいに左吉くんか団蔵くんがいるときにしようかな、でもいつまで経ってもそれじゃあ、潮江先輩のお役になんて立てないし。

「いつまでそこに突っ立っているつもりだ?」
「ひゃっ!」
「なんだ、お前か」

ずうっと悩んでいたら、障子が勝手に開いた。違う、中から潮江先輩が開けてくださった。
慌てて挨拶をすれば「また手伝いに来てくれたのか?」そう問われる。その通りですと頷きながらのお返事は「ひゃ、ひゃいっ!」噛んでしまって、恥ずかしい。
でも潮江先輩は笑うことも怒ることもせず、私を中へと通してくださった。帳簿を預かり筆をお借りし、私は記帳の準備を始める。潮江先輩をお待たせするわけにはいかないから、急いで墨を擦っていった。

「いつもすまんな。手が足りず困っていたんだ」
「え、わ、私、潮江先輩のお役に立ててますか?」
「当然だ。くのたまにはこちらの予算会議は関係ないというのに、いつも手伝ってくれていて助かる」

そのお言葉だけで、天にも昇れてしまいそう。真っ赤になるほっぺたを隠そうと思わず両手で押さえた。
ああでも指には墨がついていて、ほっぺたにもついてしまったらしい。それを「何をしてるんだ」潮江先輩が呆れながらも拭ってくださって、もう死んじゃいそう。

「えへへ……私、潮江先輩のお役に立てるなら、たくさん頑張ります」

そう言ったときの先輩の「馬鹿タレ」がすごく優しくて、私はもっともっと頑張ろうと筆を持った。潮江先輩のお役に立てるなら、頑張らないことなんてないけれど。


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