七夕:三之助

「曇ったな」
「曇ったね」

大学で催された天体観測のイベントは、どうやら失敗だったらしい。そもそも雨が止むかどうかも分からなかったんだからイベント自体中止にならなかったことがおかしいくらいだ。むしろ中止だった方が、わざわざ夜に大学に来ることもなかったのに。
まぁ中止だったら次屋に会えなかったのかもしれないけど。
このイベントに誘ってきた次屋は何を考えてるのか分からない顔で空を見上げている。厚い雲に覆われた空はまっくらで、星なんかひとつも見えやしなかった。

「俺、今まで天の川って見たことないんだ」
「そうなの?まあ、次屋は都会から来たもんね」

都会の夜は明るいから星もなかなか見えないらしい。大学のために引っ越してきてはじめてオリオン座を肉眼で見たと聞いたときは驚いた。本当かどうか都会で暮らしたことのない私には分からないけど、次屋はよく楽しそうに夜空を見上げている。

「じゃあ、今日は残念だったね」

私の言葉に、次屋はこくんと頷いた。今日のイベントは望遠鏡も貸し出すと言っていたから、それも楽しみにしていたんだろう。一応大学の物品はイベントなんかじゃなくても借りれるんだけど、手続きが面倒な上にレポートも出さなきゃいけない場合があるし、なかなか借りにくい。

「まあ、七夕に拘らなくてもいいなら天の川くらい見れるよ。明日は晴れるみたいだし」

大学からの帰り道、そう次屋に言ってみる。ちなみに今日は次屋の家に泊まることになっていた。夜道は危険だから私ひとりで帰せないと言うし、かといって次屋ひとりで帰らせる方が心配だからだ。まぁ、隣の部屋の富松やその隣の神崎も呼び出して、飲み会になるんだろう。既にアルコールもおつまみも準備は万端だった。
それはさておき、次屋は私の言葉に少し気を害したようだった。怒るというよりは拗ねるといった表情で私を見る。

「はじめての天の川は、お前と見たかったんだ」
「私と?」
「でも、七夕とか、そんな理由がなきゃ誘いにくいし」

そう言って顔を背ける次屋の耳は、夜でも分かるくらいに真っ赤になっていた。なんだそれ、そんな様子を見せられたら、勘違いするじゃない。勘違いじゃないなら何だ。自惚れか。慌てる私に、次屋は私の手をぎゅうと握ってみせた。

「言っとくけど、そういうことだから」

そういうことって、そういうこと、なのだろうか。
……自惚れても、いいんだろうか。

「次屋」
「何」
「明日の夜も会おうよ。天の川、見よう」

そう言って伏せた私の顔も、次屋に負けないくらい真っ赤になってるんだろう。ああもう、泊まるのが、気まずくなりそう。



(軒さんへ)


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