6はと雨の日

どうしてたまたま寝坊してたまたま天気予報を見れなかったときに限って、雨が降るのか。私は溜め息を吐いて昇降口に佇んでいた。

傘を忘れ折り畳み傘もなく、薄情な友人たちは恋人との相合い傘で帰っていった。ちくしょう、と毒づいたところで事態が好転するわけもなく、そろそろ濡れ鼠になって帰るべきかと止む様子もない空に諦めようとした、そのときだ。

「傘ないの?」
「え、あ、善法寺くん」

声をかけられ振り向けば、そこに善法寺くんと食満くんがいた。委員会で残っていたんだろうか、そう考えながら私は頷く。
すると善法寺くんがパッと笑顔になる。え、と思う前に、「よかったら!」善法寺くんがごそごそと鞄を開けて中身を探り始めた。

「折り畳み傘、貸してあげるよ!」

目当てのものを見つけ出したらしい善法寺くんが、それを私に突きつける。いや、差し出してくれる。
折り畳み傘、貸してもらえるならありがたいけど、それじゃあ善法寺くんが帰れないんじゃないか。そんな私の心配に気付いたのか、「大丈夫!」もう一度鞄に手を突っ込んで、引っ張り出したのは……二本目の折り畳み傘。

「ほら、僕の分もあるから」

善法寺くんはにこにこ笑うけれど、なんというか、どう反応すればいいのか。困る私に食満くんが仕方なさそうに笑いながら「伊作のやつ、不運に備えて幾つか持ち歩いてるんだ」そう教えてくれた。

「こういうときに誰かの助けになれることなんてなかなかない奴だから、借りてやってくれ」
「う、うん。じゃあ、お借りします」
「どうぞどうぞ!」

確かに善法寺くんは不運で有名だからなぁ。雨の日は傘が折れたり無くなったりするとよく聞いていた。それに備えて折り畳み傘を何本も持っているのには驚くけれど、迷惑じゃないのならありがたく貸してもらうことにしよう。

「ありがとう、善法寺くん」
「いえいえ。さあ、帰ろっか」

受け取った傘を開く。善法寺くんも自分の折り畳み傘を開いて、……三対の視線が一点に集中した。

「あ、あれ?おかしいな……」
「……自分の分に穴空いてるじゃねえか」

ひきつった笑みを浮かべる善法寺くんに、食満くんがそれを指摘する。その言葉がぐさりと刺さったかのように善法寺くんは項垂れ、手にしていた傘を取り落とした。痛恨の一撃、だったようだ。
善法寺くんの開いた黒い折り畳み傘は、何がどうなったのか大きな穴が空いていた。向こう側が容易に見えるそれは雨を防ぐ役割を果たせないことだろう。これが善法寺くんの不運なの、か。

「これ、返すよ、善法寺くん」
「で、でも」

私が受け取った傘は穴もなく骨も折れておらず、立派に善法寺くんの役に立つはずだ。しかし人のいい善法寺くんは一度貸したものを予備がなくなったからと返してもらうのはよしとしないのだろう。悩む様子の善法寺くんに、「返してもらえ」食満くんがぽんと善法寺くんの背中を叩いた。

「でも、それじゃ彼女が……」
「心配するな。こいつは俺の傘に入れるから」
「え?!」
「え?!」

すっとんきょうな声を上げたのは私だけじゃなく善法寺くんもだった。い、いつの間にそんなことになったのか。善法寺くんと顔を見合わせ、首を傾げあったら、食満くんの小さな笑い声。

「ちょっと狭いかもしれないが、折り畳みに二人入るよりは広いだろ。我慢してくれ」
「け、食満くん、いいの?」
「よくなかったら言わねえよ」

くつくつ笑う食満くんが雨傘を開けば、それなりの大きさの影ができる。これなら二人くらい入るだろう。一応食満くんに確認を取ってから善法寺くんに傘を返せば、うう、と唸りながらもそれを受け取ってくれた。

「ごめんね留三郎……君も、ごめん」
「う、ううん。ありがとう、ふたりとも」

傘を貸してくれようとした善法寺くんも、傘を傾けて入れようとしてくれる食満くんも、ふたりともすごく優しい人だ。
ざあざあと雨が傘を叩く音を聞きながら、雨がやんだ頃にふたりに改めてお礼をしようと、私は心に決めたのだった。


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