12月

「誕生日おめでとう」

その言葉に驚いて三之助を見れば、彼は何処か恥ずかしそうにそっぽを向いた。私は朝ごはんを作る手を止めて彼の座るラグへと近付く。嬉しくて頬が緩んでしまうのは仕方のないこと。彼の隣にしゃがみこめば、「何」彼は短く訊いてきた。

「覚えててくれたんだ?」
「……そりゃあ、まあ、約束したし」
「ありがとう。すごく嬉しい」

彼に私の誕生日を告げたのは数ヵ月前にたった一度だけだ。壁に掛かったカレンダーにも書いていないそれを、三之助はずっと覚えていてくれたらしい。そのとき「お祝いしてね」とお願いしたのは私だけれど、「覚えてたら」と素っ気なく答えた彼が本当に覚えていてくれるとは思ってなかった。
まあ、今日まで此処にいてくれると思ってなかった、が正しいか。
三之助はこの時代の子じゃないらしい。どういう理屈か時空を越えて私の部屋のベランダにひょっこりと現れて、なんやかんやあって帰れる日まで世話を見ることになったのだ。だからいつかひょっこりと消えるものだと思っていたんだけれど、そのいつかはまだだった。
最初は警戒していた彼も今ではすっかり丸くなったもの。私は弟がいればこんな感じかなと思う程度に気兼ねなく接しているし、三之助の方も然程変わらないんじゃないだろうか。此処の生活にも慣れてテレビだって好きに見ている彼は、どんなところから来たのかは教えてくれないけれど、此処にいる間はあんまり不自由なく生活できてるんじゃないかなぁ、等と考えてみたり。

「今日は何時に帰ってくるんだ?」
「いつもと同じくらいだよ」
「誰かと会ったり、しないのか?」

誕生日は特別な日だから友人や恋人と過ごす人も多い、と言ったのも覚えているらしい。それを気にしてくれているんだろう。優しい子、なんて思いながら、私は首を振った。今年は恋人もいないし作るつもりもなかったから、その予定はないのだ。

「友達は今度休みの日に祝ってくれるの。料理はいつも通りだけど、ケーキを買って帰ってくるつもり。三之助、一緒に食べてくれる?」
「いいけど……」

仕方なさそうに応える三之助が甘いものを好きなことは当然知っている。いつもはカットされたものだけれど、今年はホールにしようか。少し小さめの、生クリームをたっぷり使ったものを。こうやって甘やかそうとすると怒られるので、気付かれないよう注意しなければ。

「律子」
「なぁに」
「ぷれぜんと、なんだけど」

いつまでもこうしているわけにもいかないと料理に戻った私はその言葉にまた驚く。それも覚えていたか。そして続く言葉は何だろう。要るかと訊かれれば気持ちだけで十分だと返す。用意している、とは考えにくい。
三之助は物欲が少ない。というか我慢しているんだろう。食べたいものや欲しいものがないか聞いても首を振るし、幾らかお小遣いをあげたこともあったけれど一切手をつけていない。贅沢はさせてあげられないけれどちょっとくらいなら大丈夫なのに、っと、話が逸れた。とにかくそんな三之助が何かを買うところを想像できないし、そもそも迷子になるからひとりでの外出は禁止している。
三之助の沈黙がほんの少し続いて、「俺、」先程よりも小さな声で呟く。私は相槌を打ちながら、ただ続きを待っていた。

「俺……何も持ってないからさ」
「うん」
「誕生日ぷれぜんと、俺でどう?」

は、と零れそうになった声を慌てて飲み込む。聞き間違い、ではなさそうだ。三之助の耳が赤くなっているのは、一体どういう理由からだろう。そんな冗談を言ってしまったことが恥ずかしいとか、きっとそういう理由、だろう。

「……なんちゃって」

やはりそう呟いて三之助は私に背を向ける。その背中と、未だ赤いままの耳を暫く見つめて、料理中だったことを思い出す。そっか、と応えて作業に戻りながらも私の頭は同じ音を繰り返していた。彼のその言葉にほんの少しばかりときめいてしまったのは、きっと、気のせいということにしておこう。



(リクエストありがとうございました!)


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