11月

ひらりと降ってきたものを、そっと掌で受け止めた。銀杏の葉。黄色く染まったそれは破れもなく綺麗に状態が保たれている。それに過去のことを思い出した。ずっと昔、彼がくれた贈り物を。
律子、と呼ばれ振り返る。図書室の鍵を返し終えたらしい長次先輩がすぐそこにいた。声が届く距離まで近付いてくれたのだろう。もしかしたらもう少し前から呼ばれていたのかもしれない。そうだったら申し訳ないけれど、長次先輩は特に何も言うことはなかった。

「……待たせた」
「いいえ。帰りましょうか」

こくりと頷く長次先輩は痛む傷がないというのに相変わらず無口なひとだ。その分紡がれる言葉を大切に感じるのは、昔と変わらない。ずっと昔の、此処とは違う学び舎で過ごした日々、所謂前世というものと。
あの頃とは違う出会いと交流を経て、私と長次先輩はあの頃に似た関係となった。これからも共に日々を重ねていこうと言われたときは嬉しかったものだ。静かに本を読む長次先輩の傍にいる時間以上の幸福を、私は知らない。
ああそうだ、本と言えば。「見てください」長次先輩に先ほどの銀杏の葉を見せる。長次先輩は覚えているだろうか。くるりと回して見せれば長次先輩は目を細め表情を和らげた。

「……銀杏か」
「綺麗ですよね」
「……いつかの、栞のようだ」

そして私の欲していた言葉をくれる。私は自分の頬が緩むのを感じながら、でしょう、とそのまま笑った。
昔、長次先輩から本をお借りしたとき、一緒に差し出してくれたのが銀杏の葉だった。栞にと渡されたそれは丁寧に押し花のようにされていて、私は大切に大切にと使っていたものだ。それが初めての贈り物だったから、特別思い出に残っていた。

「長次先輩、よければまた、作っていただけませんか」
「……栞を、か」
「ええ。勿論、先輩がお忙しくなければ、ですが」

この願いは我が儘だっただろうか。私だって、押し花にすることくらいできる。けれどきっと長次先輩のようには作れないし、何よりも長次先輩からいただきたかった。
けれど長次先輩が困ったような顔をするから、やはり言うべきではなかったと後悔が押し寄せる。ああ、浅はかだった。取り消さなければ。思えども、それをする前に長次先輩が言いにくそうに口を開いた。

「……律子」
「は、はい」
「実は……」

そうして紡がれるのは、なんとも嬉しい話。
実は、もうすぐ来る私の誕生日のために、既にその栞を作ってくれているらしい。きっと驚かせてくれようとしていたのに、私のなんとタイミングの悪いことか。けれどもやはり嬉しくて、私は幸福を噛み締めるばかりだった。

「とても、待ち遠しいです」
「……私もだ」

きっと、その栞を用いて長次先輩のお薦めする本を彼の隣で読むことができたのなら、それはいっとう幸福な時間なのだろう。



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