10月

はっくしゅん。大きなくしゃみをして、私は肩を抱いた。ううん、寒い。まだまだ暑いと思っていたけれど、急に寒くなってきた。だというのに薄着をしてしまっているのは、朝の天気予報をきちんと見なかったのが原因だ。誕生日だというのにお天道様は日光ひとつプレゼントしてくれない。教室もまだまだ暖房は入れてくれないだろうし、今日一日はこうして過ごすしかないようだった。どうしようもなくなれば自主休講だが、それはなるべく控えたい。まだまだ後期の講義も始まったばかり、早速置いてきぼりになるのはつらい。

「風邪か?いや……薄着のせいか」

隣に座る滝夜叉丸に私は頷いて応える。困ったような顔をする彼はいつものようにおしゃれな着こなしで、尚且つ暖かそうだった。服の趣味やセンスはいいし顔もいいのでとても様になっている。まぁナルシストだからあまり女の子ウケはよくないけれど。でも私は知っている。

「ほら、これでも着ていろ」

彼はとても面倒見がいいことを。
自分の上着を脱いで寄越してくれるが、それでは私とさして変わらない防寒具合だろう。そういうことを躊躇いもなくしてくれるのは嬉しいしとても男前だと思うけれど、さすがにそこまで甘えるわけにはいかない。私は首を振った。

「あんたが寒いでしょ。大丈夫だよ」
「隣にいる女に寒い思いをさせて自分がぬくぬくとしているのは美しくないだろう」
「……あんたのそういうところ、私、好きだわ」

友人なのにちゃんと女扱いしてくれるところも、滝夜叉丸のいいところだろう。そこまで言ってくれているのに固辞するのもどうかと思い、私は次の講義が終わるまでとありがたく上着を受け取った。この優しさはきっと誕生日プレゼントに違いない。ちなみに上着を脱いでも滝夜叉丸の服装は格好よかった。
滝夜叉丸がぐだぐだと自分語りが始まって、私はぬくぬくとしながらそれを聞き流す。もう少ししたら喜八郎もやってくるだろう、と思ったところで彼の姿が入り口に見えたので、控えめに手を振ってアピールした。喜八郎の手には湯気の立つ紙コップ。飲み物で暖を取るとはすっかり忘れていた。この講義が終わったら買いに行こう。

「律子はなんで滝の服着てるの?」
「寒さに震える私に貸してくれた。ところでそれ一口頂戴」
「えー」
「今日私誕生日だから、プレゼントと思って」
「そうだったっけ。それなら一杯くらい奢るのに」
「本当に?やったー」

とりあえず前金代わりねと差し出してくれたカップを受け取る。ココアとは女子力が高い気がするなと思いながらありがたく一口頂戴すると、バンッと机が叩かれ大きな音を立てた。びっくりして零すところだったとカップを喜八郎に返しながら隣を見れば、滝夜叉丸が不機嫌そうな顔をしている。誰が彼を怒らせたんだ、いや滝夜叉丸の視線は私に向いている、つまり私か。

「お前は、どうしてそういう大事なことを先に言わないのだ!」
「えっ、ごめんなさい」

勢いに押されつい謝る。しかし一体何を怒っているのだろう。私と喜八郎のやり取りに滝夜叉丸が怒るようなことがあっただろうか。『一口頂戴』ははしたないと叱られたことは何度かあるけれど、彼の文句からして今回はそれを指しているのではなさそうだ。はて大事なこととは一体。

「滝は律子が誕生日を教えてもらってなかったことに怒ってるんだよ」
「え?まじで?」
「もうちょっと言葉を綺麗に」
「本当に?」

くだらないやり取りを交えながら聞いた答えに私は驚く。誕生日がそこまで重要だったとは。滝夜叉丸を見れば彼は難しい顔で頷いていた。その様子や「知ってたらちゃんとお祝いしたもんね」喜八郎の言葉に段々と申し訳なくなり、私は「……ごめん」小さく謝る。俯いた途端、私の頭をぐしゃりと固い手が掻き混ぜた。

「謝る必要はないよ。僕も滝も聞いておけばよかったんだから。おあいこさま、ね?」
「喜八郎……」
「ほら滝も。この講義終わったらカフェテリアでお祝いだよ。滝はケーキ奢ってあげるんでしょ」

さりげなく高い方を滝夜叉丸に押し付けているのは気にしないでおこう。私は頷きながら、喜八郎に撫でられて乱れてしまった髪を手櫛で直す。思いの外ぐしゃぐしゃになっていたらしく鏡を出すかと悩んだところで今度は滝夜叉丸の手が私の頭に触れた。喜八郎と違う優しい手は、何度か髪を撫でる。それに紛れるように「少し、言い過ぎた。すまない」紡がれた言葉に、私はやっぱり優しいなぁと思うのだった。

「誕生日おめでとう」
「おめでとう」
「ありがと!」

ちょっと変わってるけれど優しい友人たち。暖かさを感じるのは借りた上着のお陰だけでは、勿論ないのだろう。





ちなみに後日改めて滝夜叉丸から暖かいストールをプレゼントしてもらった。さすがのセンスであったことは、言うまでもない。


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