8月

「ほら、やる」

暇なら夏祭りに行かないか、田村くんにそう言われて頷いたのは、言葉通りに暇だったからじゃない。寧ろ友人と行く約束をしていたのにそれを反故にしたくらいだ(その友人には事情を説明し、三段アイスを奢ることで許しを得た)。そうまでしたのは、その夏祭りは偶然にも私の誕生日で、誘ってきた彼が私の好きなひとだからだった。
今年買ったばかりの青地に白い花の柄の入った浴衣を着て、少し意識しすぎたかなと待ち合わせ場所で悩んで、けれどそれはやってきた田村くんの「そういう格好も似合うんだな」の一言で吹っ飛んだ。田村くんは浴衣は着ていなかったけど私服姿も格好よかった。浴衣もきっと似合うのだろうけれど、その場合どきどきしすぎて大変だっただろう。神社でずらりと並んでいる屋台と人の隙間を縫って歩いて、いつもより近い距離にちょっとどきどきして、一緒にかき氷とかを食べて。くじびきの景品を眺めたりしながら、およそ一周したところで田村くんが射的をすると言い出して。
幾つかの弾をひとつも外さずに当てて倒したそれは大きめのキャラクターもののぬいぐるみ。
田村くんは、それを私に差し出していた。

「……えっ?!」
「随分長い沈黙だな。いらなかったか?」
「えっ、くれるの?私に?」
「そう言ってるだろ」
「……ありがと、田村くん」

好きなひとに贈り物をされて嬉しくない筈がない。しかもそのキャラクターは私の好きなものだ、喜びも倍増だった。それが好きだって知ってたんだろうか、それとも偶然だったのか。どっちにしろ、田村くんにもらったのだから、とっても大切にしよう。思わずにやにやと緩んでしまう頬をどうにか誤魔化してお礼を言えば、田村くんは頷いてそれを受け入れてくれた。それから景品へと視線を戻す。

「他に何か欲しいものはないか?何でも取れるぞ」
「えっ」
「射的は得意なんだ」

ないならお菓子でいいかと残った弾でキャラメルを見事に撃ち落とした田村くんは、銃を構える姿勢がとても綺麗で格好よかった。
そのキャラメルも貰ってしまって、嬉しいような恥ずかしいような思いだ。お礼がしたいなぁと思って田村くんこそ何か欲しいものはないかと訊いてみれば、田村くんは首を振った。

「お前の誕生日なんだから、お前の欲しいものを言ってほしい」
「え……えっ、知ってたの?!」
「そりゃあ知ってるさ。だから今日誘ったんだ」
「ええ……?」
「言っておくが、他との約束があると知らずに誘ったわけじゃないからな」

射的の屋台を離れて歩き出す田村くんを慌てて追いかける。さっきよりも少し速いけれど、ついていけないほどじゃない。
私の誕生日を知ってたなんて。それに他の子と約束してたのを知ってて誘ったって、どういうこと。先約があったのに田村くんのお誘いを優先しちゃったから、不義な奴だと思われるだろうか。下心もばれているかもしれない。混乱する私の考えは、ちっとも纏まる様子がなかった。
屋台が少し途切れた明かりの少ない場所で、田村くんはぴたりと足を止める。一歩遅れてその隣に並べば、田村くんは一度私の目を見つめて。

「律子が僕を優先してくれて、嬉しかった」

私の手を握って、また歩き出す。また少し速くなった足に今度は少し追いかけるのが大変だったけれど、私の赤い顔が見られずに済んだからよかったかもしれない。それに急ぎ足で大変だったと言い訳できるかもしれないし。
だけれど、「誕生日おめでとう」歩き出す直前にそう言った田村くんの耳も赤くなっているのは、そういうことだと期待しても、いいんだろうか。


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