7月

「そろそろご飯にしようか。近くにパスタが美味しいお店があるんだけど、そこでいいかな。それとも他のものがいい?」

これは、誰だ。
雷蔵の顔をした誰かは雷蔵のようににこにこと笑いながら、悩むことなくそう言った。まさかこいつは鉢屋三郎かと疑うが、既に本人から何度も雷蔵本人だと証明されていた。そう、雷蔵なのだ。先程から、というか朝から何ひとつ迷わず提案し先導する彼は、不破雷蔵そのひとなのだ。

「律子?」
「あ、……う、うん。パスタがいいかな」
「うん、じゃあ、行こうか」

そうやって私を促す雷蔵の足取りはしっかりとしていて、私に前を行かせない。そりゃあ元々方向音痴ではないからおかしいことはないのだけれど、何故だか別人のように思えてしまう。それでも、隣に並ぶのがせいいっぱいな私に歩くペースを合わせてくれるその優しさはやっぱり雷蔵で、更に言うなら私の誕生日に別人と入れ替わってるドッキリを仕掛けることもないだろうしと、私はこの違和感をどうにか飲み込むことにした。



そんな1日を過ごした帰り道、家まで送ってくれるという言葉に甘えて帰路を辿る。普段とは違う様子にどきどきはしたけれどそれはけっして悪い気持ちではなかった。こういう日もあるんだなぁと、振り返ってみれば楽しい思い出になりそうだ。
「あの、律子」そんな風に考えていたら、私の名前を雷蔵が呼ぶ。なぁに、と視線を合わせれば、少し心配そうに眉を下げた表情が見えた。

「……今日、楽しかった?」
「もちろん!」
「そっか、よかった」

私が思い切り頷けば、ほっと柔らかな笑顔を浮かべる。安心するということは、いつもと違う様子はわざとそうしていたってことだろうか。それも私を楽しませるつもりで。だとしたら嬉しいことだけど、その理由が知りたくて「ね、雷蔵」今度は私が彼に問い掛けることにした。

「ひとつ訊いていい?」
「うん?」
「なんで今日はあんまり悩まなかったの?」

私の質問に、雷蔵は困った様子を見せる。それはいつもの雷蔵に少し近くて、だから私は黙ってその先の答えを待つことにした。悩む素振りを見せた雷蔵は、「笑わない?」と私に確認を取る。私が勿論だと頷けば、たっぷり時間を置いてから話し出した。

「今までのデートって、ほら、いっつも君に引っ張ってもらってたでしょう?」
「まぁ、どちらかというと」
「その話を三郎たちにしたら、たまには僕がリードした方が律子が喜ぶって、言われて。でも僕は優柔不断だから難しいんじゃないかと思って……そしたら、先に決めてしまえばいいってことになったんだ。何処に行くとか、何をするとか、全部今日までに調べておいて」

つまり、鉢屋三郎たちに唆された雷蔵は、長い時間をかけて今日この日の計画を立てた、ということか。具体的な日数は教えてくれなかったけど、はたして1ヶ月やそこらで済んだのだろうか。多分、ご飯のときだって私がパスタの気分じゃないと言ったら別の店を提案してきただろう。そのためにリサーチしたお店は、一体何軒あったのだろうか。デートの行き先も何もかも決めるために、どれだけ頑張ってくれたのだろうか。そこまでしなくてもと思う一方、そこまでしてリードしようとしてくれたことが、とても嬉しかった。思わず緩む頬を誤魔化すこともできず、私はぎゅうと雷蔵の腕に抱きつく。雷蔵は驚いた声を上げたけれど、けっして振り払うようなことはなかった。

「ありがとう、雷蔵。すごく嬉しい」
「それはよかった。それとね、もうひとつ」
「なぁに?」
「誕生日おめでとう」

その言葉と同時に渡されたのは綺麗に包装された箱。どのタイミングでプレゼントを渡そうか決めるのを忘れていてずっと悩んでたんだ、そう告白した雷蔵に、私はやっぱり笑ってしまった。



(リクエストありがとうございました!)


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