6月

せっかくの誕生日に雨とはついてない。
いい天気だと思ってたのについてない。
傘を忘れただなんて、ついてない。
ううんどうしたものか、雨は止みそうにないし友だちも帰ってしまった。常備してる折り畳み傘は先日壊したばかりだ。近くのコンビニにつく頃にはずぶ濡れになるだろう。夏風邪は馬鹿がひくというし、それは避けたい。
けれど本当にどうしよう。生徒会に行けば傘が借りれるんだっけ、でも潮江先輩の説教が待ってる気がするしそれは何より勘弁願いたい。

「なんだ律子、今帰りか?」

どうにか止まないものかと昇降口で降り続ける雨を恨みがましく眺めていると、声を掛けてきたのは同じクラスの鉢屋三郎だった。

「何をしているんだ、とは聞くまでもないか。相変わらず間が抜けてるな」
「三郎、まだ帰ってなかったの?」
「ちなみに天気予報では午後からの降水確率百パーセントだったぞ」
「雷蔵は?いつも一緒に帰ってるのに」
「仕方がないからこの優しい私が駅まで傘に入れてやろうか」
「あ、置いていかれたんだ」
「ひとりで濡れ鼠かありがたい説教がお望みかそうか」
「わぁい三郎くんやっさしーい」

おふざけも程々にして三郎をヨイショすれば、三郎は呆れたように笑って紺色の傘を開いた。にやにやと緩みそうになる顔を抑えながら、「お邪魔しまぁす」三郎の右隣へ並ぶ。雨だけれど、やっぱり私、ついてるのかもしれない。
今日の三郎は委員会も部活動もないって雷蔵が言ってたのに、まだ残っていたなんて何をしてたんだろう。まぁ、ラッキーだと思っていいのかな。ずぶ濡れは避けられそうだし、しかも好きなひととの相合い傘だ、神様からの誕生日プレゼントに違いない。



「ほら、もっと此方に寄っても大丈夫だぞ」
「ありがと」

大きめの傘でも、肩が触れあいそうな程の距離。ちょっとどきどきするけれど、平気な顔を取り繕えているだろうか。
傘を叩く音以外にはとても静かだ。歩き始めると何故だか会話もなくて、何を話したらいいかとかどうしたらいいかとか、全然分からなくなる。三郎も黙ったままだ。普段なら軽口のひとつやふたつ言い合えるのに、なんということだろう。

そうこうしているうちに駅に着いてしまって、屋根の下で相合い傘は終了となる。名残惜しいながらも少し距離を取って三郎と向かい合えば、三郎の左肩がぐっしょりと濡れていることに気がついた。対する私はあまり濡れていないというのに。三郎は思いの外紳士だった。これ以上私をときめかせてどうするつもりだろう。

「……律子は向こうの方面だったよな。後は帰れるか?」
「うん、大丈夫。此処までありがとうね」
「ああ」

せめてと手持ちのタオルハンカチを差し出す。今日はまだ使っていないから綺麗だと思う。そう伝えれば最初は断っていたけれど、苦笑とともに受け取ってくれたからなけなしの女子力が発揮できたんじゃないだろうか。

「じゃあまた明日」
「また……いや、待て、律子」
「なに?」

神様ありがとう素敵な誕生日プレゼントでした。あとはコンビニでビニール傘でも買おうと心に決めて改札へ向かおうとすれば、三郎に止められる。どうしたのかと思えば彼は自分のスクールバッグを開いていて、そこから何かを取り出した。

「……誕生日プレゼントだ、ちゃんと使えよ」

え、と驚く間もなくそれは投げられる。どうにか受け取り、ナイスキャッチ、と自分を褒めたところで三郎を見ればそこには居らず、既に改札を通り抜けていた。速い。
まるで逃げるように去っていく彼の背中を見送って、次に手元の袋へ目を落とす。リボンのついた袋は少し長めの筒状をしている。その形状と三郎の言葉にまさかと思い、勿体ないけれどリボンをほどけば。

「……なんで今まで出さなかったの?」

そこにあったのは思った通り、折り畳み傘で。ピンクの可愛いそれは真新しく、本当にプレゼントなのだろう。
誕生日を知ってたなんてとか、どうしてプレゼントを用意してくれてたのかとか、傘が壊れたことも知っていたのかとか、言いたいことはいろいろあるけれど、最初に渡してくれれば三郎の左肩もあんなに濡れなかったのに。私としては相合い傘が出来たことはとても嬉しかったけれど、ただ純粋に不思議だった。

「……まさか」

三郎も同じ気持ちだったなんて、そんなこと、まさか、ねぇ。
それでも一度思い付いてしまった空想は自分自身を赤面させるには十分で、それを鎮めるために電車を一本乗り遅れることになってしまった。やっと電車に乗り込めた私は、電車を降りてから開いたピンクの花の可愛らしさにもやっぱり赤面してしまうことを、まだ、知らない。



(リクエストありがとうございました!)


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