3月 「うわああああん」 「泣かないで、律子ちゃん」 「そうだぞ律子、うるさい」 「だってええええ」 「ほらその不細工な面どうにかしろって」 「もう卒業式始まるぞ」 「卒業なんてやだああああ」 ぎゃんぎゃんと泣き喚く私に対して一組の奴らの視線が冷たい。優しいのは同じクラスのしろちゃんだけだ。しろちゃんに頭を撫でられながら、私はひっくひっくとしづらい息でどうにか呼吸を繰り返した。 私がしろちゃんに差し出されたハンカチで未だ溢れる涙を押さえながらもようやく喚くことをやめると、四人がはぁあと息を吐き出す。しろちゃんまで加わってることにショックを受けたけど、しろちゃんのは安堵からだとすぐ理解して、代わりに申し訳なくなった。しかし三郎次め不細工って言ったの忘れないから。 「まったく……卒業っていっても、全員中等部に持ち上がりだろ。先生や後輩にもすぐ会える距離だし」 「外部入学もいるけど大体は内部進学だから、クラスも知らないやつばっかりになんてならないし」 「先輩もいるし、あ、ほら、俺らと同じクラスになれるかもしれないぞ」 「しろちゃんだけでいい……」 「おいこら」 この四人、しろちゃんと久作、左近、三郎次とは、幼稚舎からの付き合いだ。腐れ縁と言ってもいいかもしれない。私はいつもしろちゃんにくっついていたし、憎まれ口は叩くけど左近たちも嫌いじゃなかった。だから、卒業してもし彼らが他の生徒と仲良くなって私を置いていってしまったらと思うととても悲しくなる。 そういうことは言わなかったけれど、大体の考えは読めてるんだろう四人はむしろ呆れたようにしていた。考えすぎだと、私だって勿論分かっている。だけどなかなか不安は消えてはくれないのだった。 「もう、仕方ないなぁ」そう言ったのは私の頭をぽんぽんと優しく撫でていてくれたしろちゃんで、私ににっこりほわほわと笑ってみせる。それからぶちっと小さな音がして、握り締めた拳を開いて私に差し出した。 「じゃあ律子ちゃん、これあげる」 「え……?」 「第二ボタン。大切なひとにあげるんだよね?」 そのことをしろちゃんに話したのは私だった。好きなひとや大切なひとに貰うんだって、女の子たちに聞いたから。しろちゃんたちも誰かにあげるのかと思って訊いたんだけど、それも一ヶ月は前のことだったんだけど。 覚えてたんだ。それでいて私に差し出してくれるんだ。 「……いいの?」 「うん。律子ちゃんは大事な友達だから、その証。僕らはずっと友達だよ」 「しろちゃん……!」 嬉しい、なぁ。なんの確証もない筈なのに、ボタンと言葉でそれはずっと確定された約束なのだと思えてしまう。ボタンごとその手を握って、多分ぐちゃぐちゃな顔をどうにか笑顔にすれば、しろちゃんもますます笑ってくれた。 「……待て、ふたりでいい雰囲気になるな!」 「僕らもやるから!」 「っていうか四郎兵衛お前よく引きちぎれたな?!取れない!」 そこに水を差すのは残る三人。ボタンを掴んでぎゃあぎゃあ言ってる三人に、何だかおかしくなって声を出して笑ってしまう。しろちゃんもにこにこしながら三人を眺めて、「三郎次は答辞があるから後にした方がいいんじゃないかな」なんてちぎってから言ったりしていた。頭いいくせに何やってんだか、いや私のためなんだった、そんなことを考えているうちに、涙なんていつの間にか止まっていた。 「ね、みんな律子ちゃんのこと大好きなんだよ」 「うん、嬉しい」 「ど、どうせ卒業したら要らないもんだからな!これが誕生日プレゼントだよばーか!」 「あ、誕生日覚えててくれたんだ?」 「きっとちゃんと別のプレゼントも用意してるよ」 「って、のんびり話してる暇はない!そろそろ集合の時間!」 「うわっ、とりあえず律子は顔洗ってこい!」 「待て待てボタン!ボタンつけないと!四郎兵衛もっと早く言えよ!」 「……賑やかだね」 「ね」 こんな混沌とした中にいると、何だかさっきの不安も吹っ飛んでしまう。いつまで経ってもこうやってぎゃあぎゃあわあわあ言ってる姿しか思い付かなくなってしまった。しろちゃんの手のぬくもりとボタンの硬い感触がそれを確かだと私に思わせるから、私はすっかり引いてしまった涙の跡を借りたままのハンカチでぐいっと拭った。 「卒業おめでとう、律子ちゃん」 「うん。しろちゃんも、皆も、卒業おめでとう」 三年後も、こうしていられたらいいなぁ。さすがに気が早いと言われるだろうからそれは心に仕舞っておいて、だけれどきっとと信じている。 目次 ×
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