恋心を乗せて

「あ、そうだ忘れてた」

下校途中のことだ。私と愛する深月が談笑しながら、主に深月の話を聞きながら歩いていたら、彼女が唐突に立ち止まった。そして鞄をごそごそと漁りだす。
その間私はその行動を咎めるわけもなく、以前歩いたまま鞄を探っていて電柱にぶつかったのを忘れていないらしい、と感心していた。深月は意外と抜けているところがある。
さっきまで勘右衛門が昼休憩に居なかった理由を話してくれていたのだが、体育の時間に跳び箱を前にしたところで話は中断されてしまった。ここからだというところで切られた話の続きは気になるが、この様子では再開は望めないだろう。まぁいい。私はただ深月の目的が果たされるのを待つ。彼女がいったい何をしようとしているのか、それが今は何より大事だ。
少しして目当てのものを見つけ出したらしい深月に手を出せと言われ、望むままに差し出せば掌に何かを乗せられた。

「それ、つけててね」

掌を見れば小さな輪。指輪だった。銀色のそれは洗練されたデザインというよりも野暮ったい、安いだけの仕上がりといった印象を受ける。私が今身につけているもののような趣味に合ったものではないし、深月の嗜好からも外れているだろう。眉間に皺が寄るのは仕方がないことだった。

「何だこれは」
「指輪。サイズは多分あってると思う」

見れば分かるとは言わなかった。まずは中指に嵌めていた指輪を外し、そして深月に言われるまま指輪を嵌める。これは薬指に。うむ、ピッタリ。何故サイズを知っているのかは気にしないようにしよう。私だって深月の指のサイズくらい把握しているのだし。

「で、これは何なんだ?」
「女避け」

今度はあっさりと答えが返ってきた。その回答は少々予想外ではあったのだが。
用は済んだとばかりに深月は再び歩き出す。私はその横で歩調を合わせる。これだけの問答で満足できる筈もない。私が何かを言おうとしたところで、しかし彼女が先に口を開いた。

「お金ないから、暫くは安物で我慢しててね」
「いや、普通逆だろう!」

普通指輪なんてものは男が女に贈るものだ、少なくとも私はそのつもりだった。付き合って三ヶ月目くらいか、深月の誕生日にでも贈ろうと見繕い始めたのは最近のことだ。それを、まさか先にされるとは考えてもみなかった。しかもこんなあっさりと。何の記念日でもない日に。

「私はモテないからいいの。でも三郎は人気だから、他の女の子に誘われることもあるかもしれないし」
「誘われても断る」
「うん、でも、囲まれてるの見るだけでも嫌だなぁ、って思って」

これは言わないが、モテていないというのは私が深月の周囲の男を牽制していたからだ。そしてこれは何度か伝えたが、私は彼女と付き合ってから他の女との関わりは全て断っている。誤解を受けるようなやり取りもしていない。
そもそも惚れて付き合ってくれと言ったのは私なのだからそんな心配をするなと思うが、しかしやきもちならば悪くない気分だ。ごめんね、と謝られたが私の心には喜びが広がっていた。

「だから女避け、か」
「そんな野暮ったいのならお洒落でつけてるんじゃないって分かるでしょ」

思い立ったその日に買ったから、お洒落なのが見つからなかったっていうのもあるんだけど。そう言って笑う様子を見るに、きっとこっちが理由の大半だろう。だがそんなことはどうでもいい。
左手を見る。野暮ったいそれは、深月の想いが籠められていると思っただけで光輝く宝物のように見えてきた。私は大層彼女に惚れている。自覚はある。
ちゃんとしたのは誕生日にでも贈るねと笑う深月はひどく可愛らしかったから、私達の指に似合うペアリングは私が贈ろうと心に誓った。幸い深月の誕生日は、私の誕生日より早くにある。
それまでは、そうだ、さっき外したばかりの指輪でも渡しておこうか。深月の細い指には大きいだろうがチェーンでも通して首から下げれば男避けにはなるだろう。ポケットに突っ込んでいた指輪を手に握りしめる。

「なあ、手を出してくれ」


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