日傘の彼女

・竹谷夢だけど一切出てこない
・ただ久々知と会話してるだけ



「久々知ってさぁ」

食堂に向かう途中にたまたま出会い、せっかくだからと一緒に昼食を取ることになり、しかし大した会話もないまま箸を進めてどれだけ経ったか。俺も深月も食事中は静かにしたい性格だから気まずいわけでもなく、ただ俺が定食の冷奴を食べようかとしたところで深月が口を開いたのを、何となく意外に思っただけだった。

「何?」
「豆腐ばっか食べてるから白いの?」

何が、と短く問えば、肌が、と短く返される。それは男女問わずよくされる質問だったが、俺はとりあえず首を振った。大豆には美肌効果があるらしいが、日焼けしにくいのは元々の体質だ。あとアウトドアよりインドア派というのもあるし、一概に豆腐が理由とは言えないだろう。豆腐は美味しいけど。
そういったことを言ってみれば、深月はそうかぁと溜め息を吐きつつ味噌汁の椀を手に取った。ずずずと啜ればまた溜め息。悩み事か、と聞こうとして、深月を悩ませる原因に思い当たり声にする直前に質問を変える。

「八左ヱ門がどうかしたのか」
「まるで確定してるかのように言うね」
「深月が悩むのは大体八左ヱ門に関することだろ」

深月は何かと決断が早い。後輩の神崎並みに早い。それは長い付き合いでなくても分かる。ただ恋人たる八左ヱ門が関わると話は別だった。手料理を振る舞うときは八左ヱ門の好き嫌いを気にするし、普段はあまり拘らない髪型をデートの際にはかなり悩むらしい。本人曰く女の子は皆そういうものだそうだが、因みに八左ヱ門は何だって食べるし彼女がどんな髪型でもあまり気にしていないと思う。
深月は認めるように深く息を吐くと、聞いてくれるかと訊いてきた。とりあえず豆腐を一口食べて、俺は頷く。

「日傘をね、買ったの」
「へえ」
「でも、ハチは何だか嫌そうなのよ」

そういえばニュースで紫外線量や対策について訴えられる季節だ。大学構内でも日傘を差している女の子をよく見かけるようになった。深月も日焼けを気にするんだな、と俺は少し不思議に思う。深月と八左ヱ門には太陽の下が似合うと思うが、日焼けは多分女の子にとって一大事なのだ。だから俺は仕方ないで済ますことができるけれど、問題の八左ヱ門は何が嫌なのだろう。隣を歩くと露先が刺さるのか、顔が見えないからとでも言うのか。リア充弾き飛べ。

「まあ、理由は、なんとなく分かってるの。ハチはアウトドア派だから」
「……そういえば今年は彼女と海に行きたいとか言ってたような」
「やっぱり。日傘なんか差してちゃ、沢山遊べないもんね」

どうしようかなぁ、と深月はまた溜め息を吐く。相手が八左ヱ門以外ならばあっさりと誘いを断ったのだろう。それだけでも八左ヱ門は好かれてるんだなと思う。
俺は冷奴の最後の一口を味わうと箸を置いた。ごちそうさまと手を合わせ、それから話す体勢を取れば深月も何となく背筋を伸ばす。そうやって話にきちんと向き合おうとする態度は好ましい。

「日焼け、嫌なのか?」
「まぁね。少しでも可愛くいられるように出来る限りの努力はしたいじゃない」
「……八左ヱ門は日焼けなんて気にしないと思うけど」
「私だって本当は多少の日焼けくらい構わないわよ。でも、今の紫外線が将来のシミの原因なんでしょう?」
「らしいな」
「私がおばさんになったとき、肌が綺麗な方が、ハチはきっと喜ぶもの」

理由を聞いて、俺は思わず笑ってしまう。そうか、将来か。どれだけ先のつもりかは分からないが、きっとずっと未来を思っての言葉だろう。本当に好かれていて羨ましいくらいだ。八左ヱ門に言ってやりたい、お前が好きな奴はずっと先もお前と一緒にいてくれる気だぞ、と。
しかしそんな俺の笑いが気に障ったのか、深月がふいと顔を逸らした。

「なに、悪い?」
「いや。八左ヱ門、喜ぶだろうな」

俺が首を振り、事実だろうと頷けば、今度は照れたように視線をさ迷わせる。うっかり口を滑らしてしまったことに今更気付いたのかもしれない。最終的に顔を隠すように肘をついて項垂れた深月に、俺はついつい苦笑を漏らした。

「まあ、それじゃあ仕方ないし。海だけは一度くらい行ってやればいいんじゃないか?日焼け止め塗ったら大丈夫だろ」
「……そう、だね」

俺の提案に躊躇いつつも深月は頷く。そのすぐあとに吐いた溜め息は照れ隠しだろう。俺は指摘せずに、コップに残ったお茶を飲み干した。そろそろ教室に移動しないと。深月もそれを察したのか、席を立ってトレイを持ち上げる。鞄から覗く傘の柄は、買ったばかりという日傘だろう。それを差して八左ヱ門の隣に並ぶ深月を、一度見ておきたいなと思う。八左ヱ門はやっぱり嫌がるかもしれないが、そのときはさっきの深月の言葉を教えてやろう。そうすればきっと、気持ち悪いくらいに上機嫌になるだろうから。


×
- ナノ -