あまのじゃく 「げ、深月」 「『深月先輩』と呼びなさい、次屋三之助」 ばったりと出くわした深月を前に思いきり顔を顰めた三之助は、つんと取り澄ます彼女に小さく舌打ちした。 ひとつ上の学年である深月とは一年生の頃に罠に嵌められてからこれまで友好的なやりとりをしたことがない。全身で不愉快を顕す三之助の姿は、いつだって一年生や二年生の不安を煽る。それを気にも止めない深月の様子に三之助の苛立ちは増進されるのだから、三年生や四年生も困ったものだと溜め息を吐いていた。 「何やってんだよ、こんなとこで」 「滝夜叉丸に用があるの。あと、四郎兵衛と金吾の様子を見に」 「俺の後輩に色目使ってんじゃねーよ」 「色目ねぇ」 その言い回しが面白かったのだろうか、うふふと深月は笑い声を零す。その様子に三之助の眉間の皺がより深まったが、彼が何かを言う前に深月が口を開いた。 「どっちも将来いい男になりそうだし、今のうちに唾つけとくのもいいわね」 「四郎兵衛にも金吾にも近寄んな」 ぴしゃりと言い放つ三之助に、深月はまた笑う。三之助は憎々しげに舌打ちすると「もう帰れよ」しっしっと追い払うように手を振った。 それに対して「やぁよ」深月はあくまで緩やかに首を振るだけだ。まるで挑発されているように感じ三之助の形相はますます険しさを増した。 「滝夜叉丸に用があるって言ったでしょ」 「何の用だよ」 「私のために、代わりを務めてくれるっていうなら教えるけど?」 「誰が……!」 「なぁんだ」 じゃあ教えられないわね、と頭を振れば結われた髪がさらりと広がる。そのまま足音なく歩き出せば、三之助は険しい顔のまま後を追った。地面を蹴る音には苛立ちが混ざる。悠々と歩く深月とは対照的で、それがまた面白くないと三之助は何度目かの舌打ちをした。 「あら、何処までついてくる気?」 「お前が四郎兵衛たちに変なことしないか見張ってんだよ」 「ふぅん、ご苦労さま」 ちっとも思っていない声音で労いの言葉を吐く深月に三之助は文句を言おうと口を開き、「深月!」その前に張り上げられた声に遮られた。彼女が探していた人物だと気付くと、深月はぱちりと目を瞬かせ微笑みを浮かべる。 「あら、滝夜叉丸。ちょうどよかった、あんたを探してたのよ。これから委員会でしょ」 「その通りだ。いつもすまんな、この私が礼を言ってやろう」 「いらない。じゃ、頑張ってね」 深月と滝夜叉丸の会話は三之助にはよく分からず、それがまた気に入らないのか、振り返った深月から思いきり顔を背けた。 三之助、と滝夜叉丸が窘めようとしたのを深月が制し、「次屋」いつになく優しい声色で彼の名を呼んだ。 「次屋も頑張りなさいね。どうせどこかでぶっ倒れるんだろうけど?」 「誰が倒れるか!」 深月の言葉に即座に振り返り怒鳴れば、深月は「どうかしら」やはり何でもないように肩を竦めるだけだった。 「用が済んだならさっさと帰れよ」地面を踏みつけるように歩いていく三之助の背中を見て、滝夜叉丸は深く溜め息を吐いた。幸せが逃げるわよと揶揄る深月を横目で見ると、誰のせいだと独り言ちる。 「いつもあいつを連れてきてくれるのは助かるのだがな……あまり煽らないでくれないか」 「つい、可愛くて」 あっさりと答えた深月に、滝夜叉丸はまた息を吐いた。なんともまぁ、頭が痛い。 深月と三之助は過去友好的なやりとりなどしたことがないが、だからといって嫌いあっているわけではない。むしろ深月は三之助を好いていたし、三之助もまた深月を好いていることは三年生以上の皆が知っていた。 三之助が深月を前に顔を顰めるのも、憎まれ口を叩くのも、ただ単純に素直になれないとかそういう性質故のものだ。他の男に用があると言われれば面白くないし、相手にされなければ腹が立つ。 深月はそれを理解してなお他の男の名を出しては綺麗な微笑みを安売りした。妬かれる側は気分がいいことを知っている。一年の経験の差とくのたまであるが故の早熟さで、けっして優位な立場を譲らぬように振る舞っていた。 「三之助に何を言っているのか知らんが、敵視されてはやりにくい」 「あんたが嫌われるなんて珍しくないでしょう。せいぜい三之助の成長のための踏み台になって頂戴」 「誰が踏み台だ!」 「あんたら全員よ。三之助が素直になるまで、できるだけ強くなっていてもらうんだから」 対抗心を煽り自分好みに成長させようとは、うふふと笑う深月はやはりくのたまというべきか。 「愛想尽かされても知らんぞ」 「勿論よ。何事もほどほどが一番よね」 忠告も彼女には分かりきったことだったのだろう。滝夜叉丸はもういいとばかりに首を振り、集合場所への道を逸れようとした三之助を引き戻すために走り出した。出来ることならその想いの先も真っ当な相手へ正してやりたいなどと考えながら。 ← ×
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