プリンが食べたくなったので

プリンが食べたくなったので、私は財布と携帯電話と家の鍵を持って家に出た。





「私はな、料理人じゃないんだ。ましてや菓子職人でもない」

三郎はそう言って、温めた牛乳と生クリームに解した卵黄を加えた。手際よく混ぜ合わせながら、バニラエッセンスを少々。二度ほど濾して四つの耐熱容器に等分していく。
文句は言いながらもその動きは手慣れたものだ。私はソファの上でそれを眺める。手伝いはしない。申し出ても三郎は絶対断るから。
最初は材料を買ってくるだけじゃ悪いと思い、手伝おうかと言っていたけれど、三郎曰く『隣に突っ立って動きを邪魔されるのが腹立たしい』らしい。職人気質って奴だろうか。違うか。

「それに、買ってきた方が安上がりじゃないか?」
「折角ならコンビニやスーパーに売ってるのより美味しいのが食べたくて。三郎なら、市販のものより美味しいのを作れるでしょ?」
「まぁ、私が何においても天才なのは事実だからな」

三郎を上機嫌にさせるには、わざとらしい誉め言葉が効果的。かといって、あからさまな嘘ではいけない。ふふん、と笑う三郎はそれが本心からの言葉だとも分かっているからこそ乗せられてくれるのだ。
鍋に水を張り、沸騰してから容器を並べていく。ゼラチンも買ってきていた筈だけれど、今回は蒸して作るらしい。私が蒸したものの方が好きだと言ったことを覚えていてくれたのなら、嬉しい。
キッチンタイマーでしっかりと時間を合わせる。固まるのを待つ間に洗い物を済ませていた。合間に火加減の調整も忘れない。

「出来上がりはいつ?」
「あつあつを食べるのならあと十分ほど」
「冷たいのなら?」
「もっと。ちなみに冷やす場合はホイップクリームがトッピングされる。どうする?」
「冷えるまで待ちます!」

どうやら余った生クリームをホイップしてくれるつもりらしい。即答した私に三郎が苦笑を零す。子どもみたいと思われてるんだろう。プリンを作って、って訪れた時点で思われてるだろうから気にしないことにする。

洗い物を終えた三郎がキッチンを離れて、私の隣に腰を下ろした。ちょっと甘いにおいがする。「おつかれさま」まったくだ、と返されるけれど、その声と表情に嫌みはない。

「お前といい勘右衛門といい、いきなりやってきて何かを作れと言うのはやめにしないか」
「だって事前に連絡したら断られるもん」
「『もん』じゃない。大体、私が留守にしていたらどうするつもりなんだ」
「勘ちゃんがどうするかは知らないけど、私の場合は隣の雷蔵の家で大雑把たちの料理大会が開かれるかなぁ」
「菓子は目分量で作るな!……じゃない、雷蔵だって留守かもしれないだろう。現に今は外出中だ」
「そのときはそのときかなー」

三郎の家に押し掛けて料理やお菓子を作ってもらうのは、今に始まったことじゃない。三郎の料理の腕は良すぎるのだ、その辺のファミレスに行くくらいなら三郎に作ってもらいたい。
そう考えているのは私やさっき名前の挙がった勘ちゃんだけでなく、ハチや兵助だって同じ。皆突然材料片手に訪れる。それに嫌な顔はしても断らないのだから、私も皆も調子に乗るんだ。
ちなみに雷蔵は押し掛けなくても作ってもらえる。ちょっと羨ましい。
ピ、ピ、ピ、とキッチンタイマーが音を立て始めた。三郎がキッチンに戻っていくのを見送り、そのまま様子を眺める。
鍋から引き上げられるプリンたち。早く食べたい。生クリームは魅力的、だけど、我慢できない。ああでも、ええと、そうだ!

「三郎、やっぱりひとつはすぐ食べよう」
「なんだ、クリームはいいのか?」
「ううん。でも、我慢できないから。みっつは冷やしておいて、雷蔵が帰ってきたら三人で食べよう。それでね、ひとつは、今ふたりで半分こしよ」

本命はクリームがトッピングされた冷たいプリンだけど、出来立てのプリンなんてなかなか食べる機会がない。でもそれだけで満足しちゃったら勿体ないから、半分こ。
三郎も付き合わせる形になるけどそんなの今更だし、雷蔵の名前が出ればあんまり断ろうとしない。現に三郎は「太るぞ」と呟いただけで、強く断ることはしなかった。三郎の作ったお菓子がたくさん食べられるならダイエットだって辞さない。
そうだ、折角なら雷蔵に何かフルーツを買ってきてもらうのもいいかもしれない。生クリームと一緒に、さくらんぼとか。後でメールしておこう。

「いただきます!」
「召し上がれ」

スプーンを奥まで差し込んで、カラメルと一緒にスプーンで掬い上げる。ぷるりと揺れる魅惑のプリン、ああ、至福の一口。










出来立てプリンを堪能して暫く、充分にプリンが冷えた頃。
『三郎がプリンを作ったから、何かフルーツ買ってきて!』私が送ったそのメールを読んだ雷蔵は、悩みに悩んだ挙げ句さくらんぼ、林檎、苺、桃などあらゆる果物を買ってきた。「こうなることは目に見えていただろう!」私を叱る三郎を雷蔵が宥めてくれて、何とかホイップもしてもらって。

「雷蔵と私に感謝して食え」

生クリームとフルーツがふんだんに使われたプリンアラモードに、私は歓声を上げることとなる。


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