ありがた迷惑!

最近、作兵衛に元気がない気がする。よく溜め息を吐いてるし、疲れてるみたいだ。
原因は分からないけど、好きな奴にでも会ったら治るだろうと深月を捕まえたのが少し前。作兵衛を探して歩き出したのも、少し前。

「どこ行くの、次屋くん」

そう訊いてきた深月の息は少し荒れている。俺が腕を引っ張って歩いていたんだけど、何故か小走りになっていたらしい。なんで?首を傾げると「歩幅が違うんだよ」と唇を尖らせた。

「それで、何処に行くの?」
「とりあえず、俺たちの部屋」
「忍たまの長屋はそっちじゃないよ。っていうか、くのたまは立ち入り禁止だよ」
「そうだっけ。まあ、何とかなる」

先生に見つからなければいいんだ。くのたま長屋みたいに罠はないし、くのたまが来てるって話も聞いたことがある。まあ、それは上級生らしいけど。それに見つかったとしても叱られるときは一緒だから安心してくれ。
というわけでそのまま歩き続ける。また長屋が移動したらしくて、なかなか着かない。「だからそっちじゃないってば」深月が何か言ったのは、「こっちだー!」左門の声に掻き消された。
ちょうどよかった、作兵衛が何処にいるか知ってるかもしれない。「左門!」走るあいつを呼べば、ぴたりと動きを止めた。ぐるんと向こうを向いたから、また走り出す前に逆だと留める。まったく、相変わらず方向音痴だな。

「三之助に深月。どうしたんだ?」
「作兵衛んとこ行こうと思って。何処にいるか知らないか?」
「今日は委員会って言ってたぞ」
「ああ、そっか」

じゃあ用具倉庫の方に行こう。作兵衛がいないなら長屋に用はない。これで先生に怒られることもなくなったから、深月も安心だろう。
左門に礼を言って方向転換しようとしたら、「か、神崎くん!」深月が走り出そうとした左門の腕を掴んだ。

「神崎くんは何処に行くの?」
「僕も委員会だ!」
「じゃ、じゃあ、途中まで一緒に行かない?ね、次屋くん」
「俺はいいけど、左門が委員会に遅れるんじゃないか?」
「ち、遅刻で怒られたら私も一緒に謝るから!」

なんでか必死な深月に、左門も不思議そうにしながら了承した。
深月を真ん中に三人手を繋ぎ直す。さあ行こうと張りきる深月は、さっきとは逆に俺たちを引っ張って歩き出した。

「なあ、そっちは長屋だろ?」
「ま、回り道しよう!」

回り道。さっきは長屋には行きたくなさそうだったのに、回り道したいなんてどういう心境の変化なんだろう。もしかしたら深月は左門が好きで、ちょっとでも一緒に居たい、とか?
それはちょっと困る。友達同士で泥沼なんて見たくない。でも左門は深月をただの友達だと思ってる筈だから、大丈夫、だと思いたい。

そんなことを考えているうちに、目の前には用具倉庫があった。あれ、いつ長屋と入れ替わったんだろう。おかげで早く着いたけど。

「あ、あのう、富松くんいますか?」

深月が倉庫の中を覗き込んで声を掛ける。それに応える食満先輩やしんべヱの声がして、「深月?どうしたんだ?」作兵衛が外に出てきた。

「って、左門!三之助!お前らまた深月に迷惑掛けてたのか!」
「迷惑?」
「僕は一緒に会計委員会室に行く途中だっただけだ!」
「迷ってたんじゃねえか!」

作兵衛がぎゃあぎゃあ言ってるのは聞き流して、俺は深月の背中を押した。一歩前に出れば作兵衛の目の前。深月に見えないように作兵衛にゴーサインを送るけど、気付いてないのか「いつも悪ぃな」普通に会話を始めた。なんだよ、もっと押さないと左門に取られるぞ。

「よく分からないんだけど、次屋くんが富松くんに用があるみたいで。ごめんね、委員会の邪魔して」
「いや、助かった。後で探しに行く羽目になるとこだったしな。左門は?」
「神崎くんには途中で会ったの。私が委員会に連れていくから、富松くんも委員会頑張ってね」
「ありがてえ。今度何か礼するから!」
「ふふ、お礼なんていいよ。じゃあ、お邪魔しました」

深月はぺこりとお辞儀をすると、俺にも「じゃあね」と手を振って、反対の手を繋いだままの左門と歩き出した。ああ、会計委員会室はあっちじゃないのに、また回り道か。俺が左門と行けばよかったと後悔しても後の祭り。

「もうよかったのか?」
「何がだよ。つーかお前は何の用なんだ?」
「作兵衛が疲れて元気なさそうだったから、深月に会えば治るかと思って連れてきたんだ」
「は?」
「作兵衛、深月のことが好きなんだろ?」
「んなっ?!」

あ、もしかしたら深月のことで元気がなかったんだろうか。恋の悩みって奴だな。
俺としては作兵衛の恋を応援したい。でも深月が左門のこと好きなら、どうしたらいいんだろう。誰かが泣くのは見たくないし、誰かが傷つくのも嫌だ。

「深月のことは、お、置いといて……俺が疲れてんのはお前らが迷子になるからだろーが!ってか余計なことしねぇでじっとしてろ!」

そうだ、深月が左門より作兵衛を好きになってくれるようにアピールしようか。作兵衛だっていい奴なんだから、きっと深月の方も好きになってくれる。作兵衛は素直じゃないから、俺が協力してやらないと。
作兵衛が何か言ってた気がするけど、照れ隠しの言葉か何かだろう。そうと決まれば早速行動開始だ。待ってろ作兵衛、俺がお前の恋を手助けしてやるからな。

「とにかく委員会終わるまでそこで大人しく……もういねぇ!」

何処からか作兵衛の声が聞こえた気がしたけど、まぁ、気のせいか。


×
- ナノ -