追記

『そのままでも美味しいチョコを溶かして固めただけで贈るのはどうかと思う』そんなクラスの風潮に逆らえず一応ブラウニーという形にしてみたけれど、はたしてこれでいいのだろうか。味見はした。美味しいと思ったし、少なくとも食べられない味ではなかった。ハート型は少し歪になった。シンプルでも丸にしておけばよかったと思っても後悔は先に立たず。せめてこれだけは、とラッピングは頑張った。でも過剰包装とか思われたらどうしよう。そもそも甘いものでよかったのか。他の子からもチョコを貰っているのなら、別のものの方が…エトセトラエトセトラ。ネガティブ思考は止まらない。
そんな私の背中に「待たせた」声が掛かる。思わずびくりと跳ねてしまって恥ずかしい。振り返れば食満先輩が笑っていて、私は顔が熱くなる。ああ、もっとスマートに渡したかったのに。先輩が来るまでに落ち着くつもりが全然駄目だった。もうすべての『恥ずかしい』を一度に済ませたくなって、私は手にしていたチョコレートをずいっと差し出す。
「チョコッ、レート…です」
「手作りか?大変だったろ。ありがとな」
勇気を出すために込めた力が声に出てしまった。そんな『恥ずかしい』までするつもりはなかったのにと自己嫌悪。それでも「すごい嬉しい」と受け取ってくれた食満先輩に、私の心はすぐに晴れ渡る。
「開けていいか?」
「い、家で!家でお願いします!」
「わ、分かった。楽しみは後に取っとくな」
ただしそれも一瞬。目の前で開けられて、先輩の反応を見るのはこわい。ぶんぶんと首を振れば先輩はリボンから手を離してくれた。友だちは目の前で喜んでくれるのが嬉しいって言ってたけど、私には無理だ。緊張と不安で胸が破裂してしまう。
「そして家に帰ったら真っ先に開けて食べる」
「先輩家に帰るのやめましょう」
「お、デートの誘いか?」
そう言って笑う先輩は確実に私をからかっていた。口を開いても何も言えない私の顔は多分真っ赤だ。
私は何も言えなくて、食満先輩は笑っていて、それでも時間は過ぎていく。そろそろ帰るか、と言い出したのは当然先輩で、私も何かを言うのは諦めて頷いた。
並んで歩く。食満先輩の手にはチョコレートが持たれたままだ。鞄に入れてくれていいのにといったことを言えば、潰れたら嫌だと答えがきた。ようやく回復したのにまた『恥ずかしい』がいっぱいになってしまった私は、また暫く黙って歩くしかできない。
先輩と話しているといつもこうなってしまう。緊張して、失敗して、赤くなってばかりだ。先輩みたいに余裕を持って受け答えできたらいいのに、いつだって『恥ずかしい』でいっぱいいっぱいになってしまう。少しくらい先輩が照れてくれてもいいのに、チョコレートだってあっさり受け取られてしまった。私の全戦全敗だ。いつか一矢報いたい、と私の思考が変な方向に向かっていたところでまだ先輩の問いに答えてなかったのを思い出した。問いというかからかいだったけど、それだけは言っておきたかった。『恥ずかしい』が溢れだしそうな今はもうヤケを起こしそうで、その調子のままに私は口を開く。
「…あの、食満先輩」
「どうした?」
「その、今度、したいです…デート…」
言ってしまったその言葉を聞いた食満先輩はびっくりした顔をする。その後にちょっと頬が赤くなっていたのを見て、私も驚く。先輩のその顔を見るのははじめてだった。やっぱり私の顔は真っ赤になって熱いけれど、もしかしたら今日のところは引き分けなのかもしれない。

2016/02/16

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