追記

いち



電車が動き出すのを待っていたら、きゃらきゃらと元気のいい声が乗り込んできた。この辺りにある私立小学校の生徒たちだ。ああ下校時刻と重なったのか、騒がしいなぁ。そんなことを考えていたら、空いていた隣に小さな影が腰を下ろす。頼むから静かにしていてくれよ少年、そうちらりと見下ろせば、予想よりも小さい体がちんまりと座っていた。

「……」

静かだ。周りの子どもは相変わらずうるさいと言うのに、隣の子どもは一切口を開かない。ただ単に友達がいないからかと思ったけど、

「あっ、平太!あっちに伏木蔵たちがいたよ」
「乱太郎たちもいたから、一緒に行かない?」
「……ううん。僕、ここでいい」

……ひとりだけテンションが違った。「ばいばーい……」手を振る少年は確かに笑顔だったのに弱々しい。ちょっと、ここまで静かだと逆に心配になるんだけど。
かといって声を掛けられるわけもなく(不審者に間違えられたくはない)、私は気にしない気にしないと自分に言い聞かせて電車が動くのを待った。





にい



とん、と腕に当たった衝撃に目を開ける。どうやら転た寝してしまっていたらしい。欠伸を噛み殺し、目に浮かんできた涙を指先で拭う。いや、拭おうとした。

「……」

隣に座っていた少年が寄っ掛かってきていた。さっきの衝撃はこれかと納得する。
目を閉じている少年も眠っているらしい。ああ、少年も疲れていたんだな。顔色もよくない気がするし、このまま寝させておいてあげよう。
軽い重さは特に苦痛でもなく、起きるまで腕は貸しておいてあげることにした。私は終点まで行かなければならないし問題はない。涙を拭うのは逆の手で行った。
車内は相変わらず小学生で喧しいが、隣の少年に声をかける子どもは居なかった。ゆっくり休めよ少年。





さん



困ったことになった。
隣の少年が起きないまま終点まであと少し。少年が起きる気配もなく、少年の友達らしい小学生もいない。
これは着いたら起こしてあげなきゃなぁ。さすがに起こすくらいじゃ不審者扱いはされないだろう。むしろ親切な人の筈だ。きっとそう。

「……」

そんなことを考えているうちに終点に到着。周りの人が降りるときの喧騒で起きないかな、なんて期待したけどやっぱり目覚める様子はなかった。

「おーい、終点だよー」

仕方がない、と、新たな乗客が乗り込んで来る前に声をかけるが効果なし。肩をちょいとつつく。眉間に小さな皺が寄るが効果なし。声をかけながら肩をそっと揺すってみると、ようやく少年の目が開いた。
ぼんやりと焦点の合ってない目が幾度か瞬き、突然ぱっちりと開かれた目がきょろきょろと忙しなく車内を見回してから、私の顔に定まった。少年のあまり宜しくない顔色が、さっと青を通り越して白くなっていく。これは、まずいんじゃないか……?!

「待った!少年、此処は終点だから、とりあえず降りよう!」

不審者扱いは御免だ!さっと立ち上がり少年を促して、乗り込もうとする人の波に逆らいながら電車を降りる。変な目で見られたが気にしちゃ駄目だ。
そうして辿り着いたホームの真ん中あたりで、ふう、と息を吐いた。

「あ、あの、お姉さん……」
「んん?どうしたの、少年」

少年の顔は相変わらず青い。これ、駅員に見られたらやっぱり不審者と思われるんじゃないかな。そんな不安がよぎるが考えなかったことにして、少年と視線を合わせるようにしゃがみこみ、恐がらせないよう笑顔を作る。
少年はランドセルの肩ベルトをぎゅっと握って、眉を下げながらも小さく口を開いた。

「ええと……ここは、どこですか?」
「……乗り過ごしちゃったんだね」

セーフ!不審者と思われてるわけじゃない私、セーフ!
いや、でも、少年は本当に困っているんだろう。私は何でもないような顔をして、路線図の描かれた看板のもとへ少年を連れていった。
そのまま少年の降りる駅を聞き出し、何個目で降りればいいのかを説明して、乗るべき電車に案内してあげた私グッジョブ。





よん



電車が動き出すのを待っていたら、きゃらきゃらと元気のいい声が乗り込んできた。ああまた小学生の下校時刻と重なったのか、そんなことを考えていたら隣に座る小さい影。

「こんにちは……」

どうやらなつかれたらしい。相変わらず血色の悪い顔で笑う少年、下坂部平太くんに「こんにちは」笑い返しながら思う。どうしてこうなった。

2012/05/06

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