元空軍とか萌え禿げる | ナノ
※ 空フェスにて見かけて「キースさん元空軍うわああああ////」となったので妄想文書かせていただきました。ただの捏造です。










その昔、KOHとして市民の安全を守るヒーローとして戦うことになるその以前、彼は自分の身にあった事を他人に話した事はない。彼にとって、あの出来事は脳みそを抉り出しても消えない程深く傷付き残るものなのだ。今でさえ穏やかに笑うことが出来るが、この能力があのまま自分に備わることなく年月が過ぎていれば、おそらく今彼はここには居なかっただろう。夜中にハッと目が覚めた彼がベッドから起き上がると、辺りはしんと静まり返りベッドサイドではよく彼と瓜二つだと言われる愛犬が丸くなり目を閉じていた。久々に見た悪夢に頭を抑えて目を閉じると、鮮明なままの記憶が網膜をジリジリと焼き付け、聞き慣れた風を切る音が耳の奥に木霊した。
 彼は小さい頃から空が好きだった。空を自由に飛び回る鳥に憧れ、大きくなったらあの太陽を掴んでみせると青い空を見ては笑顔で手を伸ばしていた。昔から明るく楽天家だった彼はその夢を見事叶え、空軍に入隊し第一戦のパイロットにまで成長した。日々の訓練は辛く厳しいものだったが、それでも風を切り幼い頃憧れたあの鳥のように空を飛び回ることが楽しかった。伸ばした手が太陽を掴むことはなかったが、それでも彼は幸せだった。自らと同じ気持ちで国を守ろうとする、空が好きな男達と心身を鍛えることが出来、共に空を飛ぶことが出来るのだから。彼はこれが自分の適職なのだと信じて疑わなかった。
 ああ、あの頃の私は輝いていた。なにも知らず純粋で、恐怖を知らず、その先の人生はあの輝く太陽に照らされた明るいものだと信じていた。ぐっすりと眠り込む愛犬を起こさないように優しく撫でてベッドから起き上がると窓際まで歩き静かにカーテンを引いた。街は静まり返りちらちらと街のあちこちでライトが点滅している。建ち並ぶビルに目を向ければ、残業で残っている者が居るのかちらほらと電気がついていて、ほっとする。暗闇は、苦手だ。冷たく、生気がない。一瞬頭を過ぎった暗黒に背筋に冷たいものが走ってカーテンを掴んだ手を握りしめる。体の横にだらりと垂らした左手が無意識に中指を擦っていてゆるやかな笑いが込み上げて来る。そこに操縦をするために握っていたスティックで出来た胼胝はもうないのに、どうやら先程見た夢のせいでナイーブになっているらしい。
 再びベッドに戻り強く目を閉じ、手で顔を覆った。暗闇に写るのは、敵に撃たれ墜落していく仲間の機体、無線から聞こえる途切れ途切れの混乱の声、上官の撤退命令。無線に向かって仲間がやられたのに黙って戻ることなど出来ないと怒鳴り、彼はその手に力を入れた。やめろ、キース!無線から響く呻きが交じった制止の声もあの時の彼には聞こえず、無心で敵機体を追い回した。あの頃の私はまだ慣れていなかったのだ、最前線の恐怖に。下っ端時代は命令に忠実に危険な事はしなかった。それがどうだろう、上に上がれば上がるほど肥大していく正義感は彼が敵に背中を向ける事を許さなかった。熱くなり海面スレスレを走る敵機体を追い、下降に入った時だった。激しい爆音と、揺れさぶられる機体に彼は自分がやられた事に気付いた。気付いた時には遅かった。無線に必死に制御不能と叫んだ。返事など聞こえるわけもなく、彼は堕ちていく機体の中で強く目をつぶった。ここで死ぬわけにはいかないのだ、私にはまだ守るべきものがある。せっかく近付けたのに、遠ざかるわけには行かないのだ。
 そう強く願い、叫んだ。次の瞬間、遠くから爆発音が響き、彼は青いベールを纏い、空に浮いていた。眼下には先程まで自分が乗っていた愛機の無残な姿。そして墜落した仲間の機体。ここはあの世なのかと疑ったが、それならばこのリアルな身体の痛みと未だ鳴り止まない耳鳴りはなんだ。彼は空を見上げ、理解したのだった。私は生きている、そして、生きている。

 彼は生き残った。しかし、共に戦ってきた多くの仲間を失い、命令違反で除籍された彼は酷く落ち込み、自らを責めた。締め切った暗闇に引きこもり、毎晩魘され、震え、叫び、何故生き残ってしまったのかと重責と苦痛に耐え切れずに命を終えようとした。こんな力、必要ない、と泣きながら壁を打った。ボロボロと崩れる壁を何度も何度も拳で打った(後に彼はこれが自分の能力の片鱗だと知るのだが)。ありったけの暴言と苦悩と、苦しみを口に出して、ひたすらに壁に当たった。そしてある日、彼に光が差した。殴り続けた壁にとうとう穴があいたのだ。久々に浴びた温かい光に、彼は目を細め、手を伸ばした。あの光を掴めば自分は一歩踏み出せる気がして、歯を食いしばって手を伸ばした。届くはずはない、そう知っていた。だが彼は必死だったのだ。そのうち彼は自らがあの時のように浮いているのがわかった。驚き青く発光する身体を見渡すと、チチ、と鳴き声がして一羽の鳥が彼のもとへ飛んできて、彼が差し出した手に止まり、優しく突いた。それはまるで彼を慰める行為のように見えて。彼は笑った。その途端冷えきっていた身体が急に熱を持ちはじめて、軽くなった。振り返れば、彼が壊した暗い部屋に眩しい光が差し込んでいる。それはまるで自分の心のようで、彼は腹を抱えて笑った。空中で四肢を投げ出して、泣きながら笑った。

 「私はもう大丈夫だ。」自らが発した声に手放していた意識が覚醒する。どうやらあのまま寝入っていたらしい。いつものようにカーテンのかかった窓を見れば、間から光が差し込んでいる。彼は満面の笑みを浮かべて大きく伸びをした。