オレンジのような酸味と甘さと | ナノ








 最近気に食わないんだ、と眼鏡を直しながら霧野がぽつりと呟いたのを耳にして三国は扉にかけた手を止めた。参考書から顔を上げた神童がへえ?と笑う。
「口を開けば天馬、天馬。今一緒に居るのは俺なのに」
 あー気に食わない。そう言って勢いよくシャーペンを机に叩きつけて霧野が叫んだ。そんな霧野を見て微笑む神童がほら、と言って教室の扉を指差す。あ?と言ってそちらを見て霧野は顔を赤く染めた。教室の扉を開けてばつが悪そうに三国が顔を覗かせた。
 あー補習終わったんだが、一緒に帰らないか?と頬を掻きながら三国が言って、霧野は勢いよく立ち上がった。勉強中だけかけている眼鏡をケースにしまって神童にすまん、と短い侘びの言葉を告げる。
「ああ、また明日」
 霧野がかばんを肩にかけて身を翻す三国の背中を追う。そんな二人を見ながら携帯を開いて神童はリダイヤルからその名前を見つけてコールを押した。すぐ傍から聞こえてきた着信音に、神童は振り返る。なんだ、居たのか。笑いかけて参考書を片付けて席から立ち上がると、ふと机の上に置かれた眼鏡に目が行く。
 ああ、あいつ忘れていったのか。
 どうかしたのか?その声に何でもないさ、と返してあとで家に届けようとそれをかばんにしまい、神童もまたその人物とともに教室を後にした。

 さっきの、聞こえてましたよね。
 隣を歩く三国に顔を上げずに霧野が訊ねる。すまない、と三国が霧野の顔を覗き込んだ。いろいろ、とぼそりと付け加えた三国に、霧野は隣で手持ち無沙汰に揺れているその手を掴んだ。三国の肩が跳ねる。霧野が顔を上げずにその手に力を込めた。
「ちょっと、嫉妬してます。」
 何か、先輩を盗られたみたいです。
 ぷくりと頬を膨らませた霧野に三国が笑いかけてこめかみにキスをした。驚いて顔を上げる霧野にもう一度ごめんな、と三国が謝る。
「でもさ、俺はお前のものだからさ」

 そんな風に笑われたらもう何も言うことができなくて、せめて二人のときは、と聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の小さな声で言えば、それを聞き取った三国がああ、と霧野の手を握り締めた。恥ずかしさと嬉しさが相俟って三国に笑かける。
 今日三国先輩の家に寄ってもいいでしょうか、と聞けば、夕飯食ってくか?と言われて、元気よく頷いた。

 ぴりり、と小さな着信音にも気付かない幸せな二人は、オレンジ色に染まる町並みを彼の家へと歩く。ひとつになった影はふわりとまわりへ溶けていった。

「出ないのか、電話」「ああ、今頃幸せに浸ってるんだろうな、あいつ」









勉強の時だけ眼鏡かける蘭丸ちゃんとか絶対可愛いよねっていう。神童さんの御相手は皆様にお任せします。