ああ、ほんまかあいくてかあいくてしゃあないなぁ。 | ナノ













 自然と、本当に自然と体が動いていた。彼が目を閉じて必死に言霊を紡ぐのを見ていたら、キリクを持っている事すら忘れて彼の前にふわりと風のように自らの体をしゃしゃり出していた。あとは酷い痛みしか感じなくなって、子猫さんが俺の名前を叫んだのを聞いたような気がした。薄れ行く意識の中、驚いた顔で坊が俺を見ていた気がする。嗚呼、坊が無事なら俺はそれでええですわ。ほんまよかった。ドサッと地面に崩れ落ちた時にただでさえ痛みに支配された体に更に重力が加わって完全に意識を失った。

「―…ん、志摩さん!」
 気が付いたら医務室に居て、起きぬけに子猫さんに体を揺すられた痛みで一瞬で目が覚めた。痛みに叫ぶ俺の声にカーテンで仕切られた部屋の向こうで人影が動く。俺の名前を呼びながら乱暴にカーテンを開いたのは意識を失う直前に見たのと同じ顔で、思わずああよかったと呟いた。あンの悪魔、俺の坊に襲いかかりよって、ほんまええ度胸しとったわ。俺、ここ軽く抉られてから記憶ないんですけど、どないなりました?そうおどけた口調で包帯がきっちり巻かれた肩口を指差しながら笑うと、ふざけんなや、と大声で怒鳴られた。俺と子猫さんが目を丸くしてその人物を見遣れば、荒い息で鬼の形相をしてカーテンを握り締めている。あらー、相当怒ってはりますなぁ。苦笑いを浮かべて子猫さんに席外してくれへん?と言えば、それでも今回の事は志摩さんが悪いんやからなとキッと睨まれた。あーん俺味方居らんのかいなー

 バタン、と扉の閉まる音がしてから、掴んでいたカーテンを開いた時と同じように乱暴に閉めた彼が先程まで子猫さんが座っていた椅子にどかりと座り込んだ。
「やぁ、坊久しゅ「ばかやろう」
「…アハー、すんません」
 軽い口調で点滴をしていない右手で軽く挨拶すると、べちりとその手を叩かれた。痛いやないですかと再び軽口を叩こうとすると、ギロリと睨まれて開きかけた口を閉ざした。せやかて喋らんと気まずくてしゃーないわぁ。決まりが悪そうに視線をそらすと、相変わらず機嫌の悪そうな坊からビシビシと批難の目と沈黙を浴びせられて口の端を引き攣らせたままはははと声を出さずに笑う。かっこ悪…と心の中でぼそりと呟くと、坊が小さな声で「すまん」と呟いた。驚いて坊へ視線を戻すと、俯いた視線の先の膝の上に置かれた握り拳が震えていた。胸が苦しくなって、坊のせいやないですよ。実戦にまだ慣れんくてヘマしてもうただけですわと優しく言うが、彼の顔は上がらない。それどころか更に俯いてしまって。
 あーあーこんなに傷付いてしもうて。ほんま、この人はかあいくてしゃーないですわ。
 坊、と名前を呼んで右手を俯く頬へ伸ばして心配かけてすんません、と言えば、坊の肩が強張って息を呑む音が聞こえた。だから顔上げて下さいと笑うと、片眉を下げて怒ってるような、泣いてるようにも見える複雑な表情をした坊が顔を上げて志摩、と俺の名前を呼んだ。そないな顔せんで下さい、と歯を見せて笑いながら、それでもこの皆に優しい跡継ぎが自分だけを見てこんな表情を浮かべているのかと思うと優越感と罪悪感にチリ、と胸の奥が痛む。ほんまに馬鹿や、と絞り出すように肩を震わせて坊が俺の手を掴む。心配かけよって、あとで覚えとけぇや。あはは、覚悟しときますわ、大好きやで、坊。心の臓が止まるか思ったわ。うん、すんません。お前が死ぬか、思って。うん。
「好きや、志摩」
 だからもうあないな事するんやない、頬に添えられた手を握り締める坊の手が熱い。潤んだ瞳が愛しい。ああ、キスしたい。
「坊、ちゅーして」
 なぁ、坊。そう言って微笑みかけると、坊が握り締めた俺の手を両手で掴んで、掌にキスをした。両目を閉じて、愛おしむようにゆっくりと寄せられた唇の熱に背が震えた。
「気が向いたらな」
 離れた唇が挑発的に俺を誘うもんだから、笑顔で早う回復したりますわと渇いた唇を舐めた。















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『坊が手のひらに口付けて「気が向いたらな」と言う対決の話をRTされたらかいてください。』というお題から。