キスの日ニカミチ | ナノ
※ 付き合ってます。





「お父さん、電話だよ」

 部活を終えて家に帰り、冬花の作ったご飯に手を付けようとした時だった。電話の相手が誰かと聞く前に前に冬花が「あ、二階堂さんだよ」と付け足す。どうしてわざわざ自宅にかけてきたのかと小首をかしげながら立ち上がれば、そういえば何日か前から携帯が行方知れずとなっていたような気がした。
 冬花から受話器を受け取り、もしもしと電話の向こうの相手に言えば、ああ久遠さん、こんばんは!といつもと同じように明るい声が帰ってきた。
『何日も連絡取れなかったんで寂しくなって電話しました。』
 何だそんな事か、というかそんな事を軽々と言うんじゃない、恥ずかしくなって電話を切ろうとすると、ああ待ってください!と離れた受話器から大声が響く。
『冗談ですよ!もう…』
「貴方がそんなこと言うからでしょう。まったく」
 はぁ、とため息をつけば、そんな事言って、ちょっと嬉しかったでしょう?とからかわれて今度は本気で電話を切った。
 派手な音がしたのか、冬花がどうかしたの?とキッチンから顔を覗かせたので、なんでもないと返すと再び電話が鳴った。受話器を取って何ですか?とわかりきった相手に面倒臭そうに言えば、何で切るんですか!と怒られた。

「ちょっと図星だったからですよ。」
 と、しれっと返せば、向こうでぐ、と息を飲む音が聞こえて少し笑えた。今頃あの人真っ赤なんだろうな。そう考えると胸の辺りがくすぐったい。
『何ですかいきなり…照れました』
「知ってます。で、何の用ですか?」
 そう言って話題を戻せば、ああそうでしたと彼が笑う。
『久遠さん、この間うちに携帯忘れていったでしょう。掃除してたら出てきました』
 ああ、だからなかったのか。
『失くして不便だったでしょう。気付かなくて申し訳ありませんでした』
「いえ、私が勝手に置いていったんですから気にしないで下さい。ありがとうございます」
『いえいえ!早い方が良いですよね、届けに行きましょうか?』
 電話の向こうでチャリッと金属が触れ合う音がした。恐らく鍵だろう。どうやら言葉通り今すぐ届けに来るらしい。せっかちというか、なんというか、
(可愛い人だなぁ)
「大丈夫です、今から取りに伺います」
 私が。と言うと、今からですか!?と驚かれた。そういう貴方も今玄関でしょう。引き戸の開く音がしましたよ。
「忙しいですか?」
『い、いえ、大丈夫ですが…ちょっと散らかってまして…』
「そんなの今更気にする仲じゃないでしょう」

 時間が止まった。二階堂さんもぴた、と動きを止めてしまったらしく、受話器の向こうは沈黙してしまった。自分の言った言葉を頭で反芻して、かああっと顔に熱が集まるのを感じた。
『気にする仲じゃないでしょう』
 思ったまま言ったはいいが、なかなか恥ずかしいことを言ってしまった。受話器の向こうでごほん、とわざとらしい咳ばらいが聞こえて、久遠さん、と名前を呼ばれた。
「はい、何でしょう」
『外に出れるような状態ではなくなったので、大人しく家で待ってます…』
「…はい、そうして下さい」
 そのまま軽く挨拶をして電話を切って、もう一度溜息を付いた。

(今夜は帰れそうにないな…)