ぱしん、と乾いた音が部屋に響く。それは、何か硬いもので肉を打つような音に似ている。
「だから、俺はあれほど言ったんです」
そこでまた、先ほどのぱしん、という音がする。
「痛い目に遭いたくないなら、ヒロトを泣かせたりしない、と」 「だから、俺は泣かせて…っいた」 「口答えは許しません」
さっきよりも大きな音がする。よほどのことなのか、硬いものを持っている人物は相当怒っているようだ。ぱしん、という音が再び部屋に響く。
「俺のヒロトが悲しい思いをしているのに、放っておけますかっ?!」 「わかったから、とりあえずそれを置け」
渋々、といったように持っていたもの――定規を置いた。
「お前の定規デコピン、けっこう痛いんだぞ?恭馬」
恭馬と呼ばれた少年は、さっきまで定規デコピンを打ち続けていた方。恭馬は一旦置いた定規を再び持った。
「由宇がヒロトを泣かせるから悪いんです」
由宇と呼ばれた、額が真っ赤な少年は恭馬の言葉に大きくため息をつく。
「だから、ヒロトが一人で泣いてたんだよ。俺が見たときにはもう泣いてた」 「知りません。由宇と一緒に居るときに泣いていたら、絶対に由宇を疑うでしょう」 「過保護すぎんだよ」 「大切なものは大切にして当たり前です」
それともまた定規デコピンでもして差し上げましょうか?と、定規をかまえて言った。彼の大切なものはただ一つ。家族のような、兄弟のような、幼い頃からずっと一緒に居る、ヒロトだけ。その大切な大切なヒロトが幸せなら、恭馬の世界は幸せになるのだ。
「じゃあ、ヒロトが泣いていた理由を知っていますか?」 「知らん」
由宇の言葉に恭馬の定規がしなる。べちっと嫌な音が響いた。
「今、ヒロトがどこにいるが、知っていますか?」 「しら「きょーまっ!!」あそこ」 「ヒロト!」
由宇の言葉はすでに聞こえていなかった。恭馬は愛しい緋を見つけた瞬間に駆け出していた。 「全く、どうして心配をかけるんですか、貴方は…」 「ごめんね。何か、恭馬が好きすぎて…怖くて」
馬鹿ですね、と恭馬は小さく呟いて、ヒロトの額にペチりと定規を当てた。
「痛い」 「すみません」 「赤くなっちゃう…恭馬が、ちゅーしてくれたら…治るかも」
その言葉に恭馬は躊躇うことなく、ヒロトに手を伸ばす。前髪を退けると、額に優しく口付けた。 ヒロトが恭馬の服の裾を掴むと、恭馬はぎゅーっとヒロトを抱き締めた。
「俺も、ヒロトが愛しすぎて、狂ってしまいそうです」
恭馬はそこで言葉を切って、ヒロトの首筋に顔を埋める。そして、一つ約束してください、と続けた。
「もう、一人では絶対に…泣かないでください」
うん、と恭馬に抱き締められて、幸せそうに微笑んだヒロトは頷く。
「幸せそうで何より」
忘れられていた由宇は、苦笑いを浮かべて言った。
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恭馬は定規デコピンでの ・痛い位置 ・痛い角度 ・痛い力加減 を完璧に把握してると思う
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