「ばっっっか、じゃないの?」 「はぁ?」
突然ヒロトにそんなことを言われて、さすがの俺でも心が折れそうになる。それにしても、突然人に馬鹿はないと思う。
「馬鹿馬鹿馬鹿。恭馬の馬鹿」
漢字変換すると”馬”ばっかりで面白いなぁ、なんて思っていたら、ヒロトに頬をつねられた。
「いひゃいんれふけろ」 「もっと痛くして欲しい?」
いやいや、俺は別に生憎とそっちの趣味は持ち合わせていませんけど。というか、何で俺はヒロトに頬をつねられなければならないんですか!
「い、いひゃいれふ」 「移り気な恭馬なんてキライだもん」 「はぁ?」
文字通り目が点になった。俺は今までヒロト以外の人間を好きになった経験なんて一度もないし、それどころかヒロト以外をそういう目で見たことなんてない。むしろ、移り気なのはヒロトのほうではないのだろうか。いろいろ考えながら眉根を寄せてみると、大きくため息をつきながら、やっとヒロトが手を離してくれた。
「…で、何があったんですか?」 「恭馬は、もう俺のこと好きじゃないんでしょ?」 「はぁ?」
本日三度目のはぁ?だ。いや、だから、なんでヒロトは突然そんなことを…?
「俺は今までも、ずっとこれからも、ヒロトが好きですけど」 「そんな甘い言葉に惑わされないもん」 「…じゃあ聞きますけど、何で俺がそんなに移り気設定になっているんですか」 「だって、玲名ちゃんが『恭馬はお前に秘密でどこかに出かけているようだぞ』って」
あぁ、そうですか。原因は玲名でしたか。それはまぁ措いておいて…
「早とちりですね、貴方の」 「ど、どこに行ってたのっ?」
今にも泣き出しそうなヒロトを見て、衝動的に抱きしめた。抱きしめた体は少し震えているような気がする。
「秘密にしておこうと思ったのですが…実は今日、貴方と買い物にでも行こうと思って少し下見に行っていたのですよ」 「そうだったんだ…」 「で、貴方は玲名に何を言われたんですか」 「『秘密の逢瀬を交わしてるのかもな』って言われたから」 「それを貴方は信じたのですか」 「うん。恭馬はかっこいいから、そういう人ができてもおかしくないな…って思って」
はぁぁ、と今度はこっちが大きくため息をつく番だった。
「あのですねぇ。俺がこんなにも毎日毎日貴方に全身全霊で愛を捧げているのに、受け入れる方がそんなんでどうしますか。俺を信じてくださいよ、ヒロト」 「ごめん、恭馬」
ぎゅうっと抱きしめて、唇を重ねようと…
「こういうことだぞ、恭馬」
したところに、今回の原因の玲名がやってきた。え、何で、俺?
「へ?あ?何がですか…?」 「一部始終を見ていたぞ」 「しっかりビデオに収めさせてもらったわ」
にっこりと笑って言った玲名の後ろから、ビデオカメラを構えた布美子がひょっこり顔を覗かせた。っていうか、こういうことって、何?
「何をお前はわからない、と言う顔をしているんだ、恭馬」 「へ?いやだって、何がなんだかさっぱり…」 「この前言っていただろう。『ヒロトのツン嫉妬も見てみたい』と」
あー、そんなこともありましたねぇ…じゃなくて。
「別にして欲しくて言ったわけじゃないんですからね。何も実行に移さなくても…」 「ほう。恭馬、お前もツン期か?」 「別にそういうわけじゃ…」 「お前は素直にありがとうくらい言えないのか」 「ありがとう、ございます?」
俺がそう言うと、玲名は満足げに笑った。
「それでは、邪魔して悪かったな」
ふはは、と悪役のような高笑いをした玲名は去ったわけではなく、壁に隠れた。このお茶目さんが。なんて本人に言えるわけがなく、心の中で呟く。まだ、玲名達が壁に隠れているなんて気付いていないヒロトは、俺をじっと見つめてくる。行き場のほとんどない俺はヒロトの額にキスをして、その場に跪いた。
「さぁ、お姫様。俺と一緒に来ていただけませんか?」
すっと手を出せば、迷いもなくヒロトは俺の手にその白い手を重ねる。
「喜んで」
にっこり微笑んだヒロトは何より綺麗で、可愛かった。 やっぱり、ヒロトはムッとしているよりも、笑った方が可愛いと今更ながらに俺は思った。
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