運命って信じています?/星カン(ほしかん!様へ) | ナノ

「ホシノ?!」

オフの日は滅多な用がない限り自宅で一日を過ごす星野が、たまたま、近所のドラッグストアに訪れていた。
レジを済ませ、店の出入口に足を向けた瞬間に背中に掛かったその声は、オフであれば聞くこともなかったはずの聞き慣れたもの。
頼りない日本語のイントネーションを話す人間は、星野の中では一人しか浮かび上がらない。

「昌洙?」

振り向けばそこには確かに昌洙がいて、そしてどこか違和感を感じながら、進めようとしていた足を止める。
嬉しそうに近寄ってくる昌洙の手には買い物かごがあった。
中身は見えなかったものの、ドラッグストアでそんなに買うものはないだろうと内心呟く。

「ホシノモ、カイモノ?」
「ああ」

肯定の返事を返せば、昌洙は笑顔を浮かべて「ワタシモヨー」と言われた。
そうだろうな、と思っていると昌洙は星野の買った買い物袋に目を移し、中身を気にした(ように星野には見えた)。

「ナニコレ?」

純粋な、そして簡単であり昌洙の得意とする質問が星野に飛んだ。
返事を返そうとしたのに、その前にまた昌洙が口を開く。

「モシカシテ、オメデタデスカ」
「…は?」

袋の中身を聞きたかったはずの昌洙から脈絡のない言葉を言われ、混乱しながら昌洙を見下ろす。
どうしてオメデタなのかが全く理解できない。そもそも昌洙はオメデタの意味をわかっていないように思う。
現に目の前の昌洙は、星野からの反応が薄かったことで「オメデタ?オデメタ?」とクエスチョンマークを浮かべている。
きっとまた面白半分で吹き込まれたか、どこかで吸収してしまったのだろうと勝手に憶測をつけて、星野は一息置いてから一応聞いてみた。

「それどこで習ったんだ」
「キノウエイガミタヨ!」

待ってましたとばかりに昌洙が、昨夜寮で浅香や草野と映画のDVDを見たのだと話してくれた。
その時の一つのセリフだったのだろうそれを、まさしく面白半分で教えられてしまったのだと把握して星野はため息をつく。

「オメデタデスカー」
「おめでたは妊婦に言う言葉だ」

だから俺は違う、とまで言ってニンプッテナニ?と返されたことにもう星野からため息は発せられなかった。
そうだよな、妊婦なんて言葉知らないよな、と納得する気持ちと変な日本語教えやがって、という気持ちがないまぜになって昌洙に向く。向いても攻撃にはならないのだが。

「赤ん坊がお腹にいる女の人だよ」

そう簡単に説明すると理解したように「アア、ソウデスカー」と返事を返される。
こうやって少しずつ日本語を覚えていくんだな、とそっと感心していると、思い出したかのように昌洙は自分の買い物かごを見下ろしてから、星野の顔を再び見た。
そしてニコッと笑ってから背を向けられる。

「ホシノ、ワタシヲマツネ!」

もう買い物が済んでいたのか、レジへと直行していく昌洙を見て星野は瞬きを何度かしてからやっと状況を把握した。
相変わらず動詞の活用に難があるようだが言いたいことは分かる。
ピッピッピ、という機械音を経て845円でーす、というアルバイトの声が少し離れたところから聞こえて、星野はすっかり日も落ちかけている店外の空を見た。
硝子越しでも寒さが伝わってくる気がして、コートの前部分を閉めようとしたとき、後ろから昌洙が腕を組んできた。

「オマタセ!」
「…ああ」

待ってない、とでも言えば良かったのだろうか、とうっすら思ってから昌洙の上がった口角を見てどうでもいいことだと気付いた。
二人で店の出入口を潜り、外気に触れてその冷たさに思わず身を縮ませる。

「サムイネー」
「急に冷えたな…」

するりと離れていく昌洙の腕を横目でチラリと見て歩き出しながら、口を開く。

「他に何か覚えたのか、日本語」

お節介と言われてしまえばそこまでだが、これ以上の被害を出さないために星野は昌洙にそう聞いた。
きょとんとしながら星野を見上げる昌洙は紛れもなく既に成人を迎えている男性なのだが、日本人の顔立ちと若干違いのある整った顔に星野は思わずかわいいという感情を彷彿とさせられる。
そんなことも露知らず、昌洙は嬉しそうに言った。

「カクゴシオテケ…アレ?シテオケ!」
「…。あとは?」
「ウンメイデスネー」
「使い方分かってんのか?」
「ワカルヨ!アサカニオソワッタ!」

笑顔でそんなことを言う昌洙に星野は、それなら被害は少なそうだと判断して曖昧に相槌を打つ。
安心したような表情を見て昌洙も口を噤み、しばらく歩道を二人で歩いた。
たまたま買い物をしに出たところで昌洙に会うとはな、と思っていると、沈黙とまではいかないが静かだった空気を破って昌洙が言った。

「ア、ワタシ、ノドアメカッタヨ!」

タベル?と言われて好意に甘えようと返事をする。
さっき買ったポリ袋の中へと昌洙が手を入れて、取り出したそれに星野は思わず声を漏らした。

「あ」
「??ホシノ、ドシタノー?」

星野への疑問もそこそこに、のど飴の包装を開けた昌洙が個包装された飴を「ハイ」と差し出した。
しかし星野はそれを苦い顔で見て、言葉を探しながら口を開く。

「…その飴俺も買ったわ」
「エー?」

ほら、と星野が同じデザインのポリ袋を開いて見せ、昌洙が覗いた先には確かに同じのど飴が入っていた。
ホントデスカー、ソウデスカーと得意の相槌を打つ昌洙の頭部を見ながら悪いな、と星野は言う。
しかしその返事の代わりに、昌洙がバッと顔を上げてホシノー、と名を呼んだ。

「あ?」
「ワタシモソレカッタヨ」
「…知ってるよ」

だからのど飴はいらねえって…と星野が言うのに、昌洙は言葉も半ばに首を横に振る。
そして昌洙も、同じデザインのポリ袋の中身を開いて見せた。
意味もわからないまま星野はその中を覗き込む。昌洙の言わんとしていることが、やっと分かった。

「同じシャンプー…」

昌洙の買い物袋と、星野の買い物袋の中にはそれぞれ同じ詰め替え用シャンプーとのど飴が入っていたのだ。
何の打合せもなしに同じものを買っていたことに星野は驚いていた。
そうだ、思い出してみれば星野の会計のときもあのアルバイトの声で「845円でーす」と言われた。
よりによって同じ人、同じもの、同じ値段。
一方の昌洙も驚いてはいたが、星野が見ると照れくさそうに笑う。

「ホシノ、イッショダネー」

さっきまで寒空の下で縮こまっていた体から湯気が出るかと思うくらい、昌洙の頬は赤かった。
今まで考えていたことを全部放り、はにかみながらのその言葉に釣られて体温が上がったように感じた。
ばーか、と呟きながら歩幅を少しだけ広くする。それに付いてくる昌洙が、思い出したように言った。

「ホシノ、ホシノ、」
「…何だよ」
「ウンメイデスネー」







運命って信じています?


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星カン企画「ほしかん!」さまに参加させていただきました!
星カン好きなので書けてよかったです^///^
素敵な企画を立ち上げてくださったコルサさんありがとうございました!

山藤ぜく 1/18
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