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「おいおいもおおこれ大丈夫なのかよぉぉぉ……」

「うるっさいなもう……。っていうか私だったらそんなに心配しないくせに」

「するわけねぇだろバーカ、相手の男に同情するわ」

「あのねぇ、デュースは私より戦い慣れてるんだからスイッチさえ入れば大丈夫だし、ジャックも傍にいるんだから」

「それにしたってあいつらこういうの慣れてないじゃん!なんでまず俺を呼ばないかね!」

ナツメはやれやれとため息をつく。それも提案できたけれど、とりあえず最終手段とした。少なくとも代替案として存在してるんだから、それくらい許せと思う。

第一、自分たちはそういう荒事に慣れすぎだ。なんだって上からねじ伏せればいいというものでもない。子どもたちにだって、苦労する権利はある。
ナツメがそう伝えると、クラサメさえ関わらなければナツメは理性的な行動ができるのだなぁとナギはしみじみ言いやがった。殴った。

二人の視線の先には、身長差があまりにちぐはぐな疑似カップルが、どこか慣れない調子で歩いている。

「微笑ましいわね……」

「強い酒がほしくなるな」

「大丈夫よナギ、恋人がいなくったってこれ以降できる兆しがなくったって死ぬわけじゃないし」

「やかましいわ」

ナツメたちが好き勝手なことを話す間にも、デュースたちは歩いて行く。昼食時ということで、二人でリフレに行くことにしたらしい。大魔法陣に二人が姿を消すのを、ナツメはしっかり見送った。

リフレは常に人がいるし、そもそもジャックがついているから心配ない。ナツメはなんとかナギをなだめすかし、四課へと連れていく。0組のことになるとこれだから困る。仕事が手に付かないと大騒ぎするナギを納得させるためだけにわざわざ二人の後をつけるなんて、馬鹿げているにもほどがあった。

「ほらもういいから、さっさと仕事に戻る!」

「やめろおおおもう今日はあいつらに張り付いてるぅぅ……!」

「んなことして何になるっつーのよ!?そっちはジャックに任せてあんたは仕事をするの!」

本当、0組以外だったらこんなに目の色変えないだろうに。
と、ナギを四課に放り込んで、ナツメは自分も仕事に戻るため0組教室の方へ踵を返す。
クラサメに言われた仕事だって終わってない。デュースのことは、ジャックを信じて待とう。

……それにしても、発案しておいてなんだが、よくジャックは今回の話を受けてくれたよなと思う。
お調子者で面倒くさがりな印象の強い少年だったが。0組の仲間意識のためなら面倒でもないのか、それともジャックの評価を改めるべきなのか。わかりかねて、一瞬だけ二人の消えた魔法陣の方を見た。











悪いことをしている。
そんな思いが消えないのは、彼が優しいからだろうとデュースは思った。

「それでさ、トレイが間違って酔っ払っちゃってね〜?もう深夜だってのに大騒ぎでさー!」

「そうなんですか?トレイさんも間違えたりするんですね」

「ほんとだよね〜お酒なんて匂いでわかるじゃん?アルコールは揮発性で鼻に刺すような痛みがあるといいまして〜とかなんとか言いながらぶっ倒れたからねトレイ」

「あれ?じゃあ飲んではいないんですか?」

「いや、面白そうだったからトレイが匂い嗅いでるグラスをこう、くいっと」

「じゃ、ジャックさんが飲ませたんじゃないですか!」

ジャックは優しい。
事情ぐらいせめて自分で説明すべきだろうと思ったが、シンクとケイトがほとんど言い尽くしてしまった。ジャックはきょとんとした顔でそれを聞いていたが、二人のマシンガントークが終わると肩を竦め、「つまりデュースと恋人っぽくすればいいんだよね?」とだけ言った。
そして、にっこり微笑んで、「じゃあご飯食べにいこっか〜」なんて言って、あっさりデュースの手を取った。ジャックは善人で、優しくて、デュースを責めない。

本当は。
本当は、辛いのは、あの人が乱暴にわたしを虐めることじゃないんです。

あんなに心配してくれていた、ケイトたちにも言えなかった。
誰にも言えないことだ。辛いのは、それが本当かもしれないと思うことだった。

――役立たず。

――勘違いブス。

わたしは役立たずかもしれない。笛という武器を選んだのは何でだったろう?音楽が好きだから?
勘違いしている?……もしかしたら仲間たちが、己を役立たずとして疎んでいるかもしれない。それから目をそらしてる?

「……デュース?どうかした?」

「あっ……す、すみません」

「ううん、大丈夫?無理しないでね〜」

「はい」

彼は優しい。だから胸は痛むし、苛まれる。少なからず、その優しさに救われているから。
あのとき、キングではなくジャックに頼みたいと望んだ理由もまた、その優しさに甘えているからと、そういうことなのだ。

「今日は何を食べようかな〜?デュースは何にする?」

「えっと……そうですね。カルボナーラのBセットで」

「じゃあ僕はシチューセットにしよっと。一口ちょーだい」

「はい。……ええええっ!?」

しれっとかますジャックについ肯定の返事をしてしまったが、デュースは驚いてわなわなと唇を震わせる。その真っ赤な顔に気付いて、ジャックは首を傾げた。

「え?だって恋人のふりするんでしょ?」

「……じゃ、ジャックさんは、こういうこと、よくご存知なんですね」

「僕も年頃の男の子だからなぁ〜」

否定とも肯定とも取れぬ返答に、落ち込む心があった。
デュースは、男女付き合いのあれこれなんて知らない。何も。0組のみんなだけの生活の間は、そんなこと本の中にしかないことだったし、魔導院にやってきてもデュースにとっての生活に変化はなかった。カップルを目にすることだってあったが、それらはデュースにはわからないまったく違う世界の出来事だったのだ。

「ジャックさん、慣れてるんですね」

少しショックだった。
ジャックも同じだと思っていた。0組だけで生きていた頃と、何も変わらないと思っていたのだ。
でもそんなはずはなくて、デュースの知らないところで世界は変わっていった。ジャックもまた、変化したのかもしれない。

「ん?いやいやぁ〜、僕もこんなん初めてだけどね」

「え?」

「だから緊張してるんだけど、笑わないでね〜」

そう言って、へらり、と笑う顔が。
いつもの仏頂面にも通じる平淡な笑顔とは違って。
照れるように頬を僅かに染めていたものだから。

デュースもまた、耳まで赤くなりそうなのを、俯いて隠した。










「んあああああああ……ッ!!」

「何してんの」

「ジャックとデュースが!甘酸っぱいことになってるゥゥゥゥ!!」

「私はあんたがなんで床転がってんのか聞いたんだけどな」

「だってええええ……もうやだ、何で俺こんな桃色空気を盗聴してんの?寂しくて辛くて仕方がない」

「二人は無事なのね、よかった。じゃあ私0組戻るから」

「冷てぇよお前!!もうなんでもいいお前でもいい一晩付き合ってください」

「いい加減にしないと寝てる間に循環器いじって一生不能にする」

「お前が言うとリアル過ぎんだろ!!?」

可哀想な同僚を置いて、ナツメは情報収集室を出た。

「(……それにしても、)」

ホコリまみれになりながら地面をごろんごろん転がっていたバカな同僚の顔は笑えた。
目の前のただれたセックスは蹴飛ばして舌打ちするくせに。聞こえてくるだけの甘酸っぱい会話にああもぶっ壊れるのだから、本当に可哀想なやつである。
閑話休題。










一口食べるのはどうする、やっぱりあーんってやった方がいいのかな?いいいいやそれはちょっとさささすがに。
そんな一悶着の末、二人は食事にありついた。少しばかり遅い時間帯だったこともあって、リフレはあまり混雑していない。

ジャックは、いつもより潜めた小声で問いかけた。

「……それで?なんだっけ、誰かに付き纏われてるんだって?」

「あ、ええと、付き纏われて……というか……。すれちがいざまに酷いことを言われたり、……クリスタリウムの図書館の影に引きずり込まれたり」

「は」

「ああでもそれは、すぐ逃げ出せたので!大したことでは」

「いや何言ってるの。……なにそれ。ものすごく大したことだよ」

ジャックは首を横に強く振った。吊り上がる眦に滲む怒りは殺気めいて、デュースはついフォークを取り落とした。戦場と同じ気配だと思った。

「そいつに絡まれたのはクリスタリウムなんだよね?」

「え、ええ、そうですが……」

「ふぅん……クリスタリウムで、ねぇ」

ジャックの眼光は鋭く、居合の瞬間にも通ず鋭敏さで虚空を睨んだ。今にも居合を決める瞬間のような顔をしている。
されど、デュースが困惑を眦に浮かべるや否や、ジャックはすぐさまいつもどおりの穏やかな笑みを浮かべた。いつもどおりなのに、なんだかすごくおかしな笑みだと思った。
いつもどおりなのに、どうしてこんなに怖いのだろう?戦場でさえ、こんなジャックは見たことがなかった。

「デュース、そいつに一番よく会うのもやっぱりクリスタリウムかな?」

「はい、そうです。授業の準備のために行かないわけにいかないから、それで」

「そっか……よくわかったよ」

ジャックは鷹揚に頷くと、COMMを叩いて起動させた。誰を呼ぶのかと思ったら、彼はクイーンと呼びかけ、応答の高い電子音がデュースにも漏れ聞こえた。

「お願いがあるんだ〜。ちょっとの間だけ、デュースを守っていてほしいんだよ。どうしても行かなきゃいけないところがあって。……大丈夫、一時間もかからず戻るから」

クイーンが何事か話している途中だったが、ジャックは淡々と言い放ってさっさとCOMMを切ってしまった。
デュースは暫し何も話せなかったが、ジャックがその後もいつもどおりの笑顔で食事を続けるのを見て、ようやっと言葉を紡ぐことができた。

「ジャックさん、あの、すみませんわたし……怒らせてしまいましたよね、こんな面倒をかけて……」

「ん?そんなことないよ〜!僕全然怒ってなんかないし、面倒だなんてかけらも思ってないよ!」

「でもいま、クイーンさんに……」

「それは、違うんだ。デュースと一緒にいたくないってことじゃないんだよ。ちょっと用事ができたから、それを片付けてくるだけ。それさえ終われば、またすぐに戻ってくるよ」

ジャックは目を細め、優しそうに笑う。頬が綻び、感情を伝えてくる。それはいつもの笑みとは違って温度を持ち、デュースの心までも暖めてくれそうに思った。
彼は、とても優しい人だ。だからそれにつけこんで、自分はこんな……恋人のふりだなんて、ばかげた役回りをさせてしまって。

「大丈夫だよデュース」

なのに、彼は優しいから。
本当に、とても……優しい人だから。

デュースの手をそっと握ったりするんだ。

「すぐに、戻ってくるからね」









クリスタリウム地下にて。
ナツメは一人、立っている。誰もナツメに気づかない。壁際、暗闇に紛れていては当然だが。
そんなナツメの頭上で、静かな足音が恐ろしいほど一定のリズムで響き、直後。足音が止まって、飛び降りる音が微かに鳴った。足音よりは大きくて、それでも小さな音だった。
吹き抜けを飛び降りてきたジャックは、一瞬でナツメを捉えた。

「……さて、と。1組の人はいるかな〜……?」

彼の唇が孤を描き、ナツメに視線をやってそう問うた。さすがに0組相手では、ナツメが気配を殺しても無意味と見える。
ナツメは肩を竦めてから、右手をすっと伸ばして、反対側の書棚を指差した。彼は……ジャックは更に笑みを深めると、それ以上何を言うでもなく歩きはじめた。
また同じ、恐ろしく整った足音。乱れのなさがクラサメを思い出させた。つい苦笑する。

ナツメはまた息を潜め、その先を見つめている。ジャックが歩いた、その先を。
夕方に差し掛かる寸前の時間帯、クリスタリウムには人もそう多くない。試験期間でもないし、そもそも戦争の影響で人が減っている。

ジャックは、自習スペースの席に座っている男を見つけるや否や、真上から見下ろして彼に話しかけた。

「ねえねえ、君かな」

「……は?」

「デュースに手を出してるのは、君?」

ジャックの言葉を聞いた瞬間、男の肩は可哀想なくらいにびくりと跳ねた。それが何よりも答えだった。
その瞬間、ジャックの動きはナツメにもよく見えなかった。一瞬で男の頭を引っ掴み、腕の力だけで無理やり本棚の影に投げ落としたのである。すくなくとも二メートルの距離をふっとばされ、頭から落下した男は受け身も取れず崩れ落ちた。あまりのことに、数名かぎりの他の候補生や訓練生が一斉にそちらに視線をやったが、ジャックは構う様子も見せない。
ただゆっくりと、やはり一定の速度で歩いて、立ち上がろうと四苦八苦する男の前に立った。

「君にどうしても伝えたいことがあって来たんだよ。聞いてくれるよね?ありがとう!」

なんかジャックの言葉遣いがいつもより端的というか、間延びしていない。ナツメはそれに気付いたけれど、一生指摘するまいと思った。居合い斬りされそうだ。

「デュースは、僕の……僕らの大切な友達で、きょうだいで、家族で、仲間なんだ。なんにせよ君の専有部分なんかひとかけらもないんだ。君がデュースの心の中に占めていい割合なんてないんだよ。僕からデュースを奪おうなんて、許すわけがないよね」

男が震えているのが遠くからでもわかる。ナツメだってあの距離でジャックに、あんな殺気剥き出しで睨まれたら命の危険を感じるだろう。あんな小心者なら、恐怖どころでは済まないかもしれない。
ジャックの長い足が、立ち上がれずにまごつく男の足の間を踏み抜く。鋭く叩かれる音に、哀れ男の肩はまた跳ねた。

「本当は今すぐにでも殺して、デュースの心を癒やしてあげたいけど、君の記憶がすぐに消えたらきっとデュースが僕のしたことに気付くだろう。デュースは優しいから気にするに違いないよね。それはとても可哀想だと思うんだよ。だから見逃してあげるよ、安心して。今回だけは殺さないでおいてあげるよ」

「あ、あひゅっ……」

「でももしまた、一度でも。僕やデュースの周りをうろちょろしたら。君の首を切り飛ばすからね。僕はそれがめっぽう得意だって、知らないわけじゃないだろう?」

男は動かなかった。うなずきもしなかった。ただガタガタと、音が聞こえそうなくらいに震えていただけ。
ジャックはそれなのに「ありがとう〜」なんて鷹揚に笑って、硬直する周囲の生徒たちのことなど見向きもせずに歩き去っていく。

「……ありゃー敵に回したくないわね……」

ナツメはそれを見送ってから、浅くため息。静かに歩いて、COMMを二度叩く。

「人払いを」

顔を上げると、クリスタリウム二階部分の張り出した部分から、候補生の制服に身を包んだ腕がにゅっと伸び、グーサインを作って幾度か振った。直後、アナウンスが鳴る。『クリスタリウム内にて火災発生の恐れあり、ただちに避難されたし』。
元々遠巻きにしていた生徒たちは慌てて立ち上がり、すぐさまクリスタリウムから逃げ出す。唯一動けないのは、腰が抜けたのだろう愚か者だけだ。

ナツメはゆっくり足を進める。本棚の影から立ち上がろうとする男子生徒を見下ろした。
びくびくと眦を引き攣らせながら、生徒はおそるおそる顔を上げる。
目が合う。その目にさっと、怒りの色が差す。

「なんだよお前ッ!四課のアバズレが!俺は1組候補生なんだぞ!!?」

「やかましい」

ナツメは硬いヒールの先端で薙ぐかのように、左足で男の顔を横から蹴り叩いた。マウンティングの激しい男ほどどうしようもねえものはないなと鼻で笑う。男は衝撃で本棚に頭をぶつけ、短い悲鳴を上げた。ナツメは手を伸ばし、ぐったりした男の頭を掴み、伏せさせる。
しばし検分し、それから、その異変を見つけた。ナツメはCOMMをまた叩く。

「ナギ。すぐ来れる?」

『今上ついたとこだ』

「早く飛び降りな」

『それで俺が足折ったりしたらお前が治してくれんだよな?な?』

「生きていくのに希望は大事よね」

ナギが本棚を足場に降りてくる。彼が隣に立ったのを確認すると同時、しゃがみこんだナツメは男の頭を右に傾け、男の右耳の下あたりをナギに見えるように示す。

「見てこれ」

「……あーなるほど。被験者か」

「みたいね。魔法局もえげつないことを……」

「俺らに言えたクチかね?言っても許されるかね?」

「方向性が違うから可とする」

ナツメは更に屈んで、耳の下に僅かに突き出した金属製のツマミを指先で摘んで、ずるりと引き抜く。おおよそ三センチ強の長さの、まっすぐな棒。引き抜いた持ち手より先は半透明になっていて、中の半分程度赤い液体らしいものが入っているのがわかる。一瞬血液だろうかと思ったが、よく見れば明らかに血ではない。どちらかと言えば、これは……。

「ネイルポリッシュみたいな粘度に濃い赤……。これは試薬のはずよ」

「お前これ抜いちゃっていいの?魔法局キレねぇ?」

「ドクターに放り投げて、デュースの話をすれば許すでしょう」

「その後俺にドクターからその作戦の責任者暗殺司令が来るんだろ」

「先読みして動いたら褒めてもらえるかもよ」

「いらねぇなそんなもん……」

「ともあれ、理性ってものを破壊する薬を研究中だったんでしょうね。……じゃなきゃこのタイミングで、0組相手に盛るのは不自然だし」

「そんな薬何の役に立つってんだ……」

「魔法局には今、バーサク魔法を薬に転化させる実験があったわ。アレかな多分……一兵卒をより有効に活用するために必要なのかも」

肩を竦めてナツメは言う。言ってから、「まぁでも嗅ぎ回ると寿命が縮まるわ」と笑い飛ばす。
あっはっはっは。目も合わせず、ナギと笑いあって、すぐにその場を離れ己の仕事をするために動く。ナツメはこれを魔法局に届け、回収の経緯を説明する。ナギは四課上層に話を上げ、0組がかかずらったという事態を明確にする。
内務仕事はたいてい楽しくもなんともないものだが、0組のためなら苦でもない。






そして、数日後の話。
教員室でまたも大量のテストを採点しているナツメのところにデュースが一人でやってきた。先日現れた時のやつれきった様子も青ざめた顔も思い出せないほど晴れやかな笑顔で。

「副隊長、あの、お礼が言いたくて来たんです」

「私は何もしてないよ、ジャックがヒーローだったわね」

「本当に、ジャックさんは優しいから……」

クリスタリウムで見た彼は、優しさという単語から最も対極にいるように見えたがまあそれは黙っておこう。
それにしても、ジャックがああも積極的に動くとは思わなかった。そして、彼に任せて正解だったなとも思う。ナギでは殺して終わりだし、ナツメでは殺して終わりだし。

ナツメがそんなことを考えていると、デュースが「でも……」と言葉を濁らせた。

「どうしても、思ってしまうんです。わたし、あれくらい一人で戦わなきゃいけなかったんじゃないかって……わたし一人で、克服しなきゃいけなかったんじゃないかって」

「そんなことはないよ」

ナツメはついとっさにそう答えてから、一瞬考える。

「いや、その……あなたが四課ならね、乗り越えなさいって言うわ。周りにいるのも、これから騙すのも、これから殺すのもそんな男ばっかりなんだから。……でも、あなたは違うでしょう。あなたの周りにいるのは、相手への好意を攻撃に変えたりしない、強い良い子が多いはず」

適当に考えた割に、それは論理に沿ってるように思えた。デュースは何度も頷く。

「はい。みなさん、強くて優しいです」

「じゃあ、いいの。ああいう男に耐性ができるってことはね、つまり周囲に一定数そういう屑がいるって認識することなんだから。彼らは違うでしょう?」

「はい」

デュースは柔らかく笑んで、肩を竦めた。その仕草があまりに可愛らしいので、それまで接点すらなかった男がああも血迷った理由もわからないでもないナツメなのであった。
……いや薬のせいだけど!


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