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「……なんで採点待ちのテストこんなあんの……」

放課後、ナツメはうなだれて教員室の机に突っ伏した。
最近のクラサメはテストを作ってばっかりで全く採点をしてくれない。なんてこった。多分、ナツメをこの教員用の小部屋にとどめておく理由になるからだろうなとぼんやり思った。ナツメがどこにいるかわかると安心すると前に言っていたことがある。おかしいな、最近とんと魔導院を出ていないのになぜああも心配されるのか。

「あーっとこれは……シンクぅ……0組じゃなかったら留年ね……ナインは退学ね」

0組であるという命綱が太すぎるので彼らにそういった危険はない。ではどうして試験をするのかという話だが、それは勉強したことを覚えているか確認するためで。じゃあなぜ勉強するのかといったら、戦闘に必要な知識だからだ。つまり戦闘に関わってくるわけで、0組として戦うのに必要なのだから、結局試験は重要なわけである。

「頭混乱してきた……もうなんでもいいや」

しかたないと諦め、ナツメは機械的に丸付けをはじめた。人生諦めが肝心だ。ナツメを見ろ、どうしても譲れない点を除き大体諦めている。そうひとりごちる。

「……なのにどうしてナギはあんなに怒るのかな?」

『もしもしー、お前がその独り言をまさか本気で言ってるんじゃねえことを祈るぜー』

「私はあんたが盗聴器で聞いた独り言に返事しないことをいつも祈ってるのよ」

突然声を発したCOMMからの着信に返答だけして、ぶっつり切った。ため息まじりにコーヒーを啜った、その瞬間だった。

「失礼!」

端的な挨拶のみを放つようにして、二人の男子生徒が飛び込んできた。
額に汗を浮かべた少年二人はきょろきょろと視線を動かし、後ろ手に入り口の鍵を閉め、棚の影やらを覗き込み始める。

「えーっと……どうしたの?何してんの、二人とも?」

ナツメが顔を顰めながら聞くと、二人の少年の片割れであるエースが人差し指を立てて口許に当て「しーっ」と言い、もう片方の少年であるエイトは今度は飾り棚に積まれた本の裏側を確認するばかりで答えがない。
そうしてしばし、二人は部屋を捜索し、何もないことを確認してからナツメに向き直る。

「この部屋に盗聴器はないよな!?」

「確認したかぎりでは見つからないが!」

「……。……ないわ!」

すんでのところで盗聴器の所在は機密であることを思い出したナツメは堂々と嘘をついた。聞いているのはどうせ9組の誰か、ないしはナギだから、二人がこれから何を話すとしても聞いた内容を誰かに漏らすこともあるまい。
……いや、知り合いに盗み聞かれている時点で普通は嫌な気分になるので何ら救われないのだが、そのへんナツメもズレている。

「それで、どうしたのよ突然?」

「……く……いいか副隊長、これから話すことは他言無用の話だ」

「他言無用どころか他言禁止の話だ」

「つまり誰かに話したらオレの拳が黙ってないって話だ」

「それはさすがにクラサメ隊長にシメられるんじゃないか?」

「たとえそうだとしても戦わなければならないことはあるだろ」

「……ねえその話長い?本題いつよ?」

案外珍しい取り合わせのエースとエイトは、どうも男の矜持うんぬんのよくわからない話をしているようだった。二人はしばしナツメにはよくわからない話を続けると、ようやっとナツメに向き直る。

「……ではとにかく、これから話す内容は秘密で頼む」

「わかったからはよ話しなって」

二人は一瞬視線を交錯させ、うなずきあった。妙に親密な様子に、「(もしやオレたち付き合ってるんですとか言わないよな……?)」と内心で恐れたと同時。

「せ、せ……」

「背を……身長を伸ばす方法を教えてくれ!」

「せ……は?身長?え、なに、つまり大きくなりたいってこと?」

なんだ大したことじゃなかった。ナツメは安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。
そんなナツメに、畳み掛けるように二人は左右からサラウンドに話しかけはじめた。

「だいたい十センチくらい欲しいんだけどやっぱり薬系に頼るしかないんだろうか」

「僕はぶら下がり法とかいろいろやってみてるんだけどまるで効果なくて」

「筋肉をつけない方がいいとかそういう話も聞いたことあるけど、戦う以上そうはいかないだろ」

「副隊長はもともと4組だし、今は四課でいろんなところに潜入してるから詳しいんじゃないかと思ってさ」

とにかく必死だった。二人はどんどんと身を乗り出し、勢いを増してナツメに問いを重ねていく。
あまりの必死さにナツメは目を白黒させた。

「そ、そんなに必死になるものなの?」

「副隊長は何もわかってない!」

「大事だろ、身長!」

「いや、まぁそりゃ無いよりあったほうがいいのかもしれないけど……でも、それなら、人選ミスじゃない?他にもっと、男の人に頼った方が」

ナツメが手を顎に当てて言うと、彼らの顔はいっそう曇った。「……誰に?」そう問うたのはどちらだったのか。

「リィド?あいつは遺伝だろ」

「キング?どうでもいいって言われるに決まってるだろ」

「ナイン!?あいつはバカだろ」

「カヅサ!?これ幸いと実験道具にされるわ!」

「ナギ!?あいつと建設的な話しになるわけないだろ!」

「クラサメ隊長!?それはもはや傷の舐め合いだ!!」

次第に言葉尻には怒気が混じり、焦りも増して。
彼らが本気であることをようよう理解し、ナツメは「ご、ごめん……」と謝った。

「いやでもさあ、身長なんてそんなに大事なものじゃないと思うんだけどなぁ」

「わかってない!常日頃から身長だけで子供扱いされる僕たちの苦労をまるでわかってない!!」

「あのナインですら、あんなにバカなのになんかいい感じなんだぞ!?立ち絵だとなんかいい感じなんだぞ!!……せめてあと数センチは欲しいんだ!!」

「……ほう?」

ナツメは口許に手を寄せ、息を細く吐いた。エイトの妙に鬼気迫った現実的な数字に、思い当たるものがあったのである。
そもそも、男子が急に背を伸ばしたくなる理由なんて一つしかないのだ。

「ケイトかな?」

「ぶっ!?」

少年少女、戦禍の渦中も悩みの中身は古今東西大差ないという話。
ナツメは薄く笑って、肩を竦めた。エースについてはそんな相手がそもそもいないのか、ナツメが知らないだけか、そういう話は聞かないが、おそらくは似たような理由なのだろうと思う。
だから、それを踏まえて少し考える。

「……まぁでもさあ。例えば、男に合わせてイメージ変える女はいまどき流行らないかもしれないけど、それでも女は靴から変わっていくものなのよ。背の高い男に惚れれば高いヒール履いて並びたがるものだし、小さい奴に惚れれば靴は一週間で総入れ替え、男に気を使ってぺったんこな靴履くようになっちゃうんだって」

「副隊長はいつも同じようなブーツじゃないか。それは誰に気を使ってるんだ」

「……。私は靴を履く範囲で会う誰にも気を使ってないだけよ」

「意味がわからない、靴にどんな意味があるんだ」

「だから、きっとケイトはエイトに合わせて低いヒールの靴履いてくれるわよって話。それなら背なんて伸びなくてもいいでしょ」

エースの怪訝な顔にそう言い返したナツメに向けて、二人は即座に顔を背けた。そしてうなだれ、顔を見合わせて左右に振る。

「副隊長は全くわかってない」

「ああ、わかってくれないな」

「……自分たちで言ってたじゃないの、傷の舐めあいがしたいならクラサメのとこ行きなさいよもう」

これ以上教えてやることなぞない。背なんて遺伝によるものが大きいので、この年齢ではもうどうしようもないのではないかと思うのだ。
ナツメはため息をついて、頬杖をついた。

「ちなみに私が思うに、クラサメはたぶんドアの外にいるわ」

「!?」

たぶんずっと聞いてたよ、とまでは言わないでおいてやった。どうせすぐ思い知らされることになるから。
傷の舐め合いなんて言われて黙ってるほど甘い人ではないことは彼ら二人も知るところ。

恐る恐る外へ出た二人の悲鳴を背後に聞きながら、ナツメは今日も今日とてクラサメのコップでコーヒーをすするのだ。

「小さいことでガタガタ言う男には存分にいい気味だよ」

『お前えげつねぇな……』

「だって身長なんてどうでもいいことでしょう。あんたがあと一センチ身長低くても、私はナギを好きにならないし」

そういう部分では測れないところが恋しいから恋で愛なのだ。
わからない子供たちだわねーと、訳知り顔でナツメは苦笑した。数年分くらいはナツメも大人なのだ。あの子たちより。



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