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忙しいタイミングというのは重なるもので、四課にいながら0組関連の仕事も多少受け持つナツメは時折しんどい目に遭う。それでもさすがに慣れたもので、寒さの増してくる冷の月半ば、ナツメは目を通すべき書類全てに目を通し、やるべき始末書を全て書き終えた。

自分が外で仕事をしている間は、何を破損しようが誰を間違って殺そうが「知るか内務が書類作っとけ」ぐらいにしか思わないのだが、自分がそれを分担するとなると話が違う。何故壊したか、何故殺したか、そんなことを当人らに聴取している暇もないので、適当に理由をでっち上げねばならなかったりする。これが、相当に時間のかかる作業なのだ。矛盾のない理由付けと偽装の指示出しはとにかく頭を使う。

……ちょっと待て誰だ将校の死体を湖に落としたバカは。寒中水泳が趣味の将校なんているわけないだろ何考えてんだ。


はぁ疲れた、今日は結局0組に一度も顔出せてないなぁなんて思いながら魔導院の廊下を歩いていると、偶然クラサメに行き会った。

「どうした、疲れた顔をして」

「あー、うん、ごめん大丈夫……」

どんなに疲れていようが、それを悟られるのは嫌だし、クラサメに対してぐらい余裕のある女でいたい。それぐらいの挟持は残っていた。
というか、クラサメも目の端に疲労が見て取れる。気配として感じ取ったそれを彼に伝えることはせず、ナツメは気遣う視線を投げた。

「クラサメは仕事どう?」

「問題ない。……ない、が」

これがまた妙に歯切れが悪い。そういうときは何かあるというのが常で、ナツメは躊躇なく踏み込んだ。

「私、どうすればいい?」

クラサメは本当に正直な男で。時折ナツメからすれば信じられないほど素直だ。
これがナツメに関係ない話なら、彼は言いよどんだりしないのだ。ためらいながらも自分から話す。
だから、ナツメが関与すべき事態が起きているということ。

「……教員室に、採点待ちのテストが溜まってる。少し減らしてくれ」

「……は。了解」

だからその答えにあまりにも拍子抜けして、もしかして勘も鈍ったかなと疑った。
それでも望まれたことは、望まれたこととして処理する。ナツメは気のない敬礼の後、んじゃもう一仕事片付けっかと教員室に向かった。




教員室は、教室からは少しばかり離れており、普通の学校から想像されるものとは構造が少し異なる。

各クラスの独立性独自性に基づき、クラスにつき一つ教員室が与えられるのだ。教員が一人しかいないのなら一人で使うことになるし、二人なら二人で使うことになる。
例えば、1組の生徒に求められる資質と、11組の生徒に求められる資質はまるで違ってくる。2組と7組でも。4組と9組でも。魔導院はクラスごとの個性が強すぎるので、教員たちを同じ部屋にしておくと、生徒が訪ねてきた際などにいらぬトラブルのもとになったりするらしい。ナツメも詳しくは知らないが。

……9組の教員室のみが独立してたらいろいろとあからさまだからなんじゃないかというのは邪推に過ぎない。確実にそれが正解だけど。


ともあれ、そんなわけで与えられた個室だが、ナツメはほとんど使用する機会がない。基本的に四課が忙しすぎるので、授業のアシストがメインの仕事となりつつあったりするのだ。
狭い個室はほとんどクラサメの仕事部屋として扱われ、生徒たちもたまに訪れていると聞く。ちなみに、いいなぁ羨ましいなぁと思っていることは早晩ナギにバレてからかい倒されている。

今となってはどっちが羨ましいんだかわからないが。とはいえ羨ましがる資格なんてない。ナツメは0組の子どもたちと時間を構築してこなかったし、クラサメのことだって自業自得がいいところだ。

ナツメは小部屋に着いて、さてと暖炉に火を入れる。せめてこれくらいしないと少しばかり寒い。ナツメが寒さに強くても、採点用のインクにもそれを求めるのは酷というものだろう。
ついでに湯を火にかけ、なんか茶でも飲むかと一人頷く。クラサメが一人で使っている専用のカップを使ってくれるわ、と思うと変な笑いが出た。変態か。

ニヤニヤ笑いと真顔を数度繰り返す内に湯が沸いて、棚から発見した適当な茶を淹れて、これがクラサメがいつも飲んでるやつ……!とわけのわからない悦に浸る。その悦が疲労感を押しのけているうちにと、ナツメは採点を始める。

「……ああ、エースはよし……ナインはダメ。トレイはー……よし。でもジャックはだめだこれ」

採点は厳密に行うが、基準点をクリアできなければこの課題については落第という扱いになり、再提出が求められる。再テストを繰り返されてしまうと監督も面倒なんだけどなぁと自分の都合だけを考えてナツメは苦笑した。それでも彼らのために尽力するのが仕事だからとクラサメはあっさり受け入れるだろうし、自分もそうするんだろう。

それからもしばし採点を続け、佳境を越えた頃。浅い息と共に茶を飲み干したのと同時だった。
教員室のドアが控えめに叩かれ、そーっと向こうから押し開かれる。まるで猫が開き掛けのドアを開くときのような静かさなので、ナツメは瞠目しそちらを見る。と、覗いたのは縦に二つの頭。

「あれ、どうしたの」

「おおおナツメだっ」

「やった、ほらデュースこれならいいでしょ!」

「唐突にどうしたのほんと……」

呆れと共に出た言葉への返答はなく、二人はさきほどまでの遠慮じみた動作はどこへやら、ドアをばったーんと大きく開いた。おかげで冷気が吹き込み、一瞬冷える。
おいおいどうした。三度目の問いを返す前に、その異常に気がついた。二人の後ろにはデュースが青ざめた顔で縮こまっており、クイーンとレムが寄り添うように彼女を支えていた。

その尋常ならざる様子に、ナツメはとっさに椅子を立ち上がった。それから、壁際にたたまれて置かれているパイプ椅子を暖炉の近くに開き、デュースの腕を取ってそこに座らせる。
真っ青な顔、寒さに怯えるような仕草。平常なら貧血だと判断を下すが、7組出身のレムが一緒にいてそう思わなかったのなら他に原因があるのだろうと思い直した。

「どうしたの、って聞いて大丈夫?」

屈んでデュースに尋ねると、デュースは視線を合わせて頷く。しかしながら、どう言葉にしていいかわからなそうな様子で、何度も唇を開いては閉じてを繰り返すばかりだった。

ナツメちょっと、デュースは今むりかも」

「代わりにアタシらが話すよ」

「……わかった」

できれば本人からも聞きたいが、概要を聞くだけなら別に誰でも構わない。間違いがあればデュースに訂正を求めるだけだ。

かいつまんで話すと、こういうことだった。

デュースが一週間ほど前から、奇妙な男に付き纏いを受けているらしい。

「とはいっても、男の素性は割れてるんだけどね!?」

なんて、ケイトがなぜか胸を張って言う。
マントからクラスがわかるのになぜ威張る。そう思ったが、放課後探偵とかなんとかもごもご言っているので触らないでおくとしよう。

「1組の生徒らしいのです。わたくしは立ち会ったことがありませんので、わかりませんが……ほとんどはケイトが目星をつけました。あまり目立たない生徒で、これといった友人もいないようです」

「そ、そう……情報が揃っているようでよかったわ……」

「あのねー!そいつめっちゃ気持ち悪いんだよ!」

シンクが満を持してといった様子で声を上げた。どうやらシンクだけが、その男を見たことがあるらしい。

「デュースとすれ違いざまに酷いこと言うの!ブス、とかなんとか最低なこと……!それでデュースがびくってすると、にやって笑うんだよ!……すごい気持ち悪くて、シンクちゃん反撃もできなかったよ……」

最後のしょぼくれた声音としゅんと落ちた肩は、彼女が後悔に悩んでいることを窺わせた。そのとき自分がとっちめていれば、そう言いたげだ。
だが生徒間だけで解決されてしまうというのも考えものだ。向こうが暴言を吐いた記録がなければ、シンクが一方的に相手を懲らしめるだけになってしまう。後が面倒だ。
しょうがないよ、とだけ言って、ナツメは視線をデュースにやる。

クラサメが自分を教員室にやった理由がわかった。

おそらくは、デュースに何か起きていることを感じ取っていたのだろう。そして、こういったことはどうしても男性には相談しにくいものだ。女生徒たちに異変があり、クラサメにすぐ相談に来ないところを見て、ナツメに振るべきだと判断したのだ。クラサメは。

子供の機微に妙に鋭いんだからあの人は。
なんて、彼がそうならざるを得なかった理由は内心で少し苦笑した。

「デュース、それだけじゃないよね」

「……っ」

「何された?……大丈夫だよ、こういうことは魔導院では少なくないの。良くも悪くも閉鎖的だからね。間違いなく悪い意味で、私も慣れてる。だから間違ってもデュースのせいだなんて言わないよ」

自分がそういうことに慣れるという意味でも、聞き慣れるという意味でも、ナツメは慣れきっているから。
ナツメがゆっくり問うと、デュースは長いまつげを何度も震わせながら、静かに口を開いた。

「さっき……さっき、クリスタリウムで……本棚の影に引きずり込まれそうになったんです」

「デュース……」

「怖かったんです。わたし、攻撃手段ほとんどなくて。声をあげたり魔法を使ったりしたら、みんなが気付いちゃうと……思って……」

暗い場所に引きずり込む理由なんて限られている。痴漢か暴行目的だ。それ以外あり得ないと言ってもいいくらい。

その瞬間、すぐに動ける女は少ない。これもまた、あり得ないと言ってもいい。
ナツメを始めとする四課の女たちは例外だ、慣れに慣れきっている。頭の切り替えに時間がかかったとしても、すぐに反撃に出られる。
それに、多少手出しされようと気にも留めない。適当にぶん殴って、それでもだめなら撃ち殺して、それでおしまいだ。

けれどデュースにとって、これがどんなに怖いことか、想像はできる。
そして、デュースが己のように乗り越えればいいとも思わない。



ナツメは震えるデュースを見る。彼女は小柄で、おとなしく、少女らしい可愛らしさを持っている。こういう少女は、たしかに標的になりやすい。
癖がなく、従順で、好き勝手できそうに見えるらしい。自分に自信がなく、卑屈な男をよく釣り上げるのだ。

まして、この戦闘職種ばかりの魔導院において、デュースは武器を持っていない。たいていの人間がナイフやら銃やら携帯している中で、彼女の武器は笛。そもそも、笛を武器にしていると知っている人間がどれほどいるか。

ナツメは暫し悩んだ。それから、彼女をじっと見据える。

「殺す?」

「……はいっ!?」

「殺しちゃう?1組候補生程度なら私がやっちゃってもいいし、ナギ呼べばすぐだけど」

「え、あの、そういう話ではなく……」

「今聞いた話を四課の内務調査部に上げておくだけでいいし楽よ。0組に関することだから、一日二日で決着がつく。あなたには、昔変な男に付き纏われた、そんな記憶だけは残っちゃうけどね」

「ちょおおおお、ナツメ突然ダークな話ぶっこんでこないでよ」

「何がダークか、ナギはスキップしながらやってくるわよ、わーい0組に頼られたって」

っていうか今もう盗聴してんだろうなと確信しているが、さすがに年頃の娘にそんなこと言ったらナギが不審者になるだけなので秘密にしておく。

「とにかく、あの、他の方法ってありませんか……」

「ええー、ダメなの?……しょうがないわねえ……そうは言っても、殺さないなら本当に普通の方法しかないよ?」

「普通の方法でいいんだよもう!これだから四課は!」

ケイトがそう拳を突き上げて怒る。では、と仕方なしに、様子見を提案した。
しかし様子見という単語が出た瞬間、デュースが怯えに肩を揺らし、他の女子たちも戸惑いと怒りで思い思いの反応を見せた。

「決定的な何かが起きていないからと、とりあえず様子を見てみるだけよ。危険性は高いけど、穏便に解決できる可能性がないわけでもない」

「……副隊長は、どうするべきだと思いますか?」

「そうね。個人的にはね、殺してしまうべきだと思うわ。今回の一件、やり方が卑劣すぎる。はっきり言って、生きててもなんにもならないでしょうよ、そんな男。戦争真っ只中に最悪な盛り方をして、自分より責任の重い任務を戦っている女の子にそれを押し付けるなんて、男として愚劣すぎるわ。これから先誰かを幸せにすることなんてないでしょうから、死ねばいいと思う普通に」

彼女たちは、ナツメのあけすけな言い様に驚いたらしく、目を見開いたり口をぽかんと開けたりしていた。
女の共同生活っていうのはいろいろあるもんだ。

「っていうか、盛ってるってことなの?やっぱり?」

「副隊長、わたくしたちどういう顔をしていいんだかわかりません」

「思春期男子は猿ってことね。ナギを見習えってのよ、物心つくまえからどろどろの昼ドラの渦中にいたせいであいつもう心の中冷え切ってんのよ!この間なんて目の前でおっぱじめたバカを完全な無表情で後ろから蹴り飛ばしてたわよ!まだティーンなのに!同年代の男は胸と尻のことしか考えてないっていうのに!」

「ものすごくいらない情報が滝のように流れ込んでくる……四課こわい……」

「シンクちゃんですら天然っぽい返しが思いつかないよ。怖いよ。」

「ああ……昔9組に移籍させられちゃったルルちゃん元気かなぁ……」

「ルルなら今は立派な必殺仕事人になってるよ。元気だけど悪女っぷりもすごいことになってるよ」

「知りたくなかったぁ……」

レムが震えているが、0組があんな場所に落ちることはないのだからそんなに怖がらなくてもいいと思う。首を傾げながら、兎にも角にも話を戻す。

「単純に様子見も難しいけれど、殺すのも戸惑われるってことなら……そうね。他の方法も考えてみましょうか……」

ナツメが昔訓練生だった頃、一度だけ、変な男を引っ掛けたことがある。
四天王のこともよく知らない新参の調子乗った訓練生が、ナツメをなにがどうして甘く見たのか、授業中隣に座るところから始まって私室へ侵入してみたりなどとふざけた行為に出たのだ。
あれは非常にやっかいだった。そして、ナツメを疲弊させた。あまりにもくだらないので誰に相談する気にもなれず、いっそ殺してくれようかと思ったものだ。

「……デュース、きっととても話しづらいことと思うけど。0組の中で、誰か一人でいいから、全て話してもいい男の子はいないかな?」

時間のかかる解決法だ。
あのときは、周りの全力のプッシュとナツメの困り顔によって、クラサメがナツメの恋人のフリをすることで対処した。そもそもナツメが四天王と懇意にしていることを知っていたら、あの男はナツメになど近づかなかったに違いない。

今回もそのケースだ。デュースを狙い、まともなアプローチでなく、彼女をバカにするような言動から見て、「こいつならはけ口にできる」と思い込んでの行動。弱者に己の負担を押し付けたがる人間は一定数いる。

そう言ったらデュースが気にしそうなので言わないが。そもそもデュースは弱者などではない。戦場でならとても頼りになる候補生だ。魔導院内だから、とっさに動けなかっただけ。それは優しさだ。弱さじゃない。

デュースは暫しの逡巡のあと、「そう、ですね……エースさん、とか」と言った。
うーんエースはだめかな!ナツメは渋い顔をした。エースはなんかちっちゃくて可愛いからダメかなと言うと、察したらしいシンクがばっと両手を高く振り上げた。

「わかった!わかったわかったシンクちゃんわかった!そういうサイテーヤローには、彼氏のふりだ!」

「今回みたいな奴にはそれが結構効くのよね。ただ、逆上の危険性っていうのがかなり高いからね。……その点、0組男子なら突然襲いかかられても対応できるだろうし、ボディーガードってことで。だから背が高くて、ちゃんと武器持ってる子がいいかな……カードとかじゃなくてね……」

エースは強いけれど、はっきり武器と見える武器を持っている子のほうが適任だ。大事にしないことを望むのなら。
ナツメの言葉に、クイーンがそっと手を挙げる。でしたら除外すべきなのはエースエイトナインですねとためらいなく言い切る。

「トレイもど〜かな〜?背は高いけど妙にひょろっとしてる感じするよねぇ〜?」

「結構言うねアンタ……でもそうだね、そうなるとキングとジャックか。アタシ的にはキング適任だと思うけど」

「顔が怖いしね〜」

「ほんと結構言うねシンク……。でも本当、キングなら口も硬いし、いいんじゃないかな?マキナは最近、姿を見かけないから頼めないし……」

「何言ってるのおー、レムっちがいるのにマキナんに頼むわけないじゃーん」

話が脱線し始めた空気の中で、デュースが顔を上げた。あの、と頼りなげな表情で口を開いたデュースに、ナツメは「ん?」と顔を向ける

「その……できればジャックさんにお願いしたくて。だめでしょうか……?」

「ん、いいんじゃない?私もキングは威圧できてよさそうだなとは思うけど、会話が続かないと思うし。そういうタイプと付き合ってる空気出すのは、あんまり簡単じゃないよね」

「それはナツメの体験談が飛び出したと思ってよろしいか」

「よろしないわやめろ」

きりりとした顔で阿呆なことを言うシンクに呆れてナツメは浅く息を吐く。
ともかく方向性は決まった、ということでいいだろう。

「じゃあジャックに協力してもらって、なんとか追い払えないかやってみよう。それでダメだったら、悪いけど消させてもらう。それでいい?」

どことなく物騒でシュールな会話だが、0組と四課が組んだらこんなものだろう。一時猶予を与えるだけでも充分温情だ。
彼女たちが頷いたのを見て、さてこの会話を盗聴してるだろうナギが動く前に止めなければとナツメはCOMMのスイッチを入れた。





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