And if you close your eyes,
(それで、目を閉じたなら)


夢主の名前を入力し、変換をクリックかタップしてください。デフォルトだと“ナツメ”になっています。






カーテンの隙間から落ちる光で目が覚めた。
周囲に視線をやりながら起き上がる、ナツメは困惑の中にいる。

「……どこだっけ……あー、ああ……」

そうか。
覚醒する意識の中で、自分がどこにいるのか知る。

クラサメの家だ。アパート、ではない。聞けば、祖父が死んだ時に相続したんだとか。大きな家ではないけれど、ニューヨークに持ち家があるのだから、クラサメの祖父はそれなりに資産があったのだろう。
ナツメにあてがわれたのはクラサメの隣の、ずっと使われていなかったのだろうけどそれでも掃除の行き届いた部屋だった。ベッドのマットレスも傷んでなかったから、この部屋から住人がいなくなったのはここ数年だろう。

機会があったら離婚歴があるか聞いてみようと思いながら、ナツメはタンクトップにショーツだけの姿を着替えることもなく階段を降りていった。キッチンではすでにクラサメが、新聞に目を通しながら朝食をつまんでいるところだった。

「……早いわね」

「今日は仕事だからな」

「ふぅん」

キッチンを通り過ぎ、ナツメは洗面所に向かった。冷水で顔を洗って、タンクトップすら剥ぎ取ってシャワールームに入る。頭からぬるま湯を浴びて出ると、クラサメがタオルをくれた。裸で歩き回るなということだろう。

まぁ、家主の言うことには従っておくべきだろう。ナツメはタオルを羽織って、部屋に戻った。
荷解きされていないトランクから下着を引きずり出す。動きやすさを考えて、黒スキニーと白いタンクトップ、ライダースジャケットを選ぶ。

私には黒が似合うと言ってたのは誰だっけ。
カトルじゃないな。奴はナツメに、普通の女の子みたいな格好をして欲しがった。街を歩いていてついダイヤを盗みたくなっても、何もできないような服装を。

ナツメは小さなバッグに必要なものを適当に突っ込み、化粧をしてから部屋を出た。朝食は、と問うクラサメにいらないと返し、家を出る彼に続いて外に出た。
そろそろ秋が来る。ニューヨークの冬はそれなりに厳しいので、今から覚悟しておく。

「ねえ、私には鍵くれないの?」

「私と行動するならいらんだろう」

「理由になってないわ」

クラサメはもう答えを返さず、ナツメの前を歩いていく。結局鍵はやらんというわけか。
ずっと一緒にいてやるよって意味ならいいなと、思った。それは教えてあげるつもり、ないけれど。



その日の仕事は、正直言って大したものじゃなかった。
カトルを捕まえたばかりで、大きな事件がまだなかった。ので、過去の犯罪のファイルを見せられ、ナツメが知りうる関係者の名前を吐くだけの会議で午前は過ぎていった。

「あー、それは、確か……あの、誰だっけ、小心者の馬鹿が……えーと。ピエット?あいつ上から目線で口説いてくてうざいのよねー」

「その情報はいらねぇから証拠になりそうな情報くれ」

「証拠っつったって、そう簡単に出てくるはずが……あーっと、これ銀行強盗よね?使われた銃は?」

そんな会話ばっかり。
事件を掘り下げては、最終的にナツメが、自分で調べろと怒り出す。その繰り返し。

午後に入ると、昼食、と言ってカヅサが近くのチャイニーズをテイクアウトしてきた。ナツメはそれを冷めた目で眺めてから、バッグを手に立ち上がる。

「食べないの?君の分も買ってきたのに」

「頼んでないわ」

「ちょっと、そういう協調性のなさどうかと思うんだけど?」

ナツメが会議室を出ようとするのを、カヅサが止める。運悪く、こういう事態を収められるクラサメが席を外していた。挙句ナギが「おいナツメ、カヅサさんの言うことも一理あるぞ」とか言い出したので、ここは自分が折れなきゃいけないところなんだろうなと思った。
人間社会ってのはそういうもの。察してくれとは言わない、だって察してほしくないのだ。これはわがままなんだろうな、と自分でも思う。

でも、無理なものは、変わらず無理だ。そう思って、足を踏み出したときだった。

「カヅサ、無理強いしちゃだめよ」

そう言ったのはエミナだった。

「エミナくん、なんでかばうの」

「それは……ただ、理由があるんじゃないかと思ったから。それだけ」

「食事を拒否する理由?チャイニーズが嫌いとかじゃないでしょ、留置場の食事よりマシなんだから」

「いや、だから、そういうのじゃなくて……」

エミナは美人だ。だから、想像がつく部分があるのかもしれない。
それでかばわれているのなら、察されているという意味でもあろう。じゃあもう、わがまま言ってらんないな、と思う。察されている。気づかれている。ナツメがどういう目に遭ってきたか。

だからナツメは、爪先を彼らの方へ戻す。
私のせいでチームがこれ以上乱れるのは、クラサメに悪い。
ナツメのそれは、有り体に言えば、そういう思考。

「一緒に食事したくないって理由を、せめて言うべきで……!」

「箱詰めで飼われてた間、食事には常に薬が混ぜられてた」

ナギの肩が、視界の端で跳ねるのがわかった。あいつが転がり込んでいた間、彼の買ってきた料理を口にすることもなかった。それを思い出したのだろう。

「だから、知り合いの手を通した食事を食べると、吐くの。母親でもダメ」

「……ナツメちゃん、言わなくていいよ」

「その、察してるって言いたげな顔もやめてくれると助かるわエミナ。私は別に可哀想じゃない。ともかく、初めて会った人間がつくる食事を外で食べて、戻ってくるから」

なんというか。
そもそも、出発点が違う。カヅサの思考は。
ナツメは別に、

「……私は別に、あんたらと険悪になりたいわけじゃない」

そう言って、部屋を出る。部屋の壁が全部ガラス張りなせいで、向こうの部屋で上司となにやら話し合っているクラサメの後ろ姿だけがちらりと見えた。
彼に声をかける必要はないだろうと勝手に判断して、FBIを出た。振り返ることはなかった。





――閑話。
ナツメが出ていった後の、会議室にて。

「カヅサが悪い」

「うっ……」

エミナは怖い顔でカヅサを睨んでいた。美人が怒ると怖いってのは真理だなとナギは思う。思えば昔、一緒に暮らしていたときも、起こったナツメは怖かった。

ナツメちゃんの!境遇を!ちょっとでも聞けば!なにがしかのPTSDがあってもおかしくないだろうって思うでしょ!?捜査官なら!」

「だってクラサメくんが言わないし!?」

「私が何だって?」

「あ、クラサメさん、お疲れ様です」

書類を抱え、クラサメが会議室に戻ってくる。カヅサがそれに泣きつくように、「ナツメちゃんのことちゃんと教えておいてよ」なんて言う。

ナツメのことだと?そういえば、あいつは?」

「人の買ってきたメシは食えないんですって、それで出ていきましたよ。外で食うんでしょう」

「僕だって別に悪意があってやったわけじゃないんだから、事前に教えておいてくれればさ!」

カヅサの説明の足りない言葉に、しかしクラサメは首を傾げる。

「……あいつ、普通になんでも食べるぞ?なんだ、どういうことなんだ?」

「え?あ、あれ?嘘なの?」

「ちょ、ほらエミナくん、ナツメちゃんそもそも犯罪者なんだから嘘ついたんじゃ?」

「……いや、多分アレはマジだと思いますよ」

そう、一緒に住んでいた頃、ナギがどんなに彼女の好物を用意しても悲しそうな顔をするばかりだった。
一度、無理に食べてくれたとき、直後に体調を崩したと言ってトイレで吐いていたことがある。

あの時はただ単に体調が悪いんだと思っていた。
けれど、納得がいってしまった。

「多分どっちかっていうと、クラサメさんがイレギュラーなんですよ」

だからあいつ、この人に惚れちゃってんのかね。
そんなことを思いながら、ナギもまた立ち上がる。

「誰か一人ついてないと、一応あいつ服役中って扱いだしまずいでしょ。俺いってきますね」

ちょっと話さないといけないこともあるわけだし。

クラサメくんがウルトラC使うくらいの子なんだからもう認めてあげなさいよ、いや犯罪者は許さないよ僕は、お前らはどういうポジションで会話をしてるんだ……なんて声を背中に聞きながら、ナギは部屋を出た。










ナツメは目の前で堂々と食事を取り始めたナギを見る。
こいつよくここがわかったよな、と思うと、「お前は案外わかりやすいんだよ」なんて言葉が返ってきた。

「思考を読まないでよ」

「だから、わっかりやすいんだよお前」

いや、どこのカフェのオープンテラスにいるかなんてわかるわけないだろう。
ナツメはサラダをフォークの先でつつきながら、ナギを睨んだ。だいたいどうして、お前が来る。

「ま、カヅサさんも悪気があってやってんじゃないから。お前のことが嫌いなわけじゃないと思うよ」

「別に好かれたくもないけど」

「うん、そう言うと思ったけどさ。敵は一人でも少ない方がいいだろ?」

「……そうかもね」

「そうは思わねぇってことか?それは」

ナギは鋭い。だから、どうにも好きになれない。どうしてそう思うのよ、と聞いたら、「お前がはぐらかすのは否定ってことだろう」とか言いやがる。

「……それで、なんであんたが来たの」

「ちょっと話したいこともあったし」

「今更、何を」

「思い出話とか?ハーバード時代のさ」

ナツメは一瞬だけ、呼吸を忘れた。ナギがまっすぐ、ナツメを見ていたからだ。

「カヅサさんたちと俺は違う。俺は明確にお前を危険だと思ってるけど、それは泥棒だからじゃない。お前が消えた翌日の話をしよう」

「聞きたくない」

「ハーバードにも秘密結社がある。ありゃあ、大学にはつきもののとっておきの遊びだし、出世にゃ必要不可欠だ。で、お前がいなくなった次の朝、そいつらと思しき連中の死体が大学内で複数発見された」

全員心臓を一突き。
それは見事な死体で、全員の死亡推定時刻はおおよそ一致した。

「あの事件は結構ニュースになったが、結局犯人は掴まってない。異常犯罪だがシリアルキラーじゃないし、謎の多い事件だった。……ところでお前、消えた日、単位の関係で東棟行っただろ。確か秘密結社の連中のほとんどが入ってる寮の、すぐそばだ」

ナツメはフォークを置いた。
探られまいと、開く目。

「お前、あの日、あいつらになんかされただろう。……それで、全員殺したんじゃねぇの?」

「“あなたが何を言っているか、私わからないわ”」

まっすぐに、ナギの目を見据えて、ナツメは言った。
嘘でも真実でもない言葉を吐く。

「お前が殺したんだろ」

「“私は何もしてないわ”」

嘘ではない。けれど、真実でもない。
ただ事実ではあった。

「……なら、信じよう」

「そこまで決定的に疑っといて、信じるって言うの?」

「お前は嘘はつかないからな。だからお前の部屋に転がり込んだんだぜ俺は」

ナギは少し笑って、ナツメから視線を逸し、椅子に深く凭れた。

「お前が下着姿でショウガールしてることばらすぞ、なんて脅した俺は殺さなかったもんな」

「ショウガールじゃねぇわ、ポールダンサーだわ」

「似たようなもんじゃねぇか?」

「ショーとは違うでしょ、決まった順番で棒を上下すればいいだけなんだから私でもできたってだけ」

「……何の話だ?」

「っふぉおおおう!!?」

「あークラサメさん」

突然声が背中から振り、慌てて振り返るとクラサメが立っていた。だからなんで、揃いも揃って私がどこで食事しているかわかるんだ。
ナツメは慌ててバッグをひっくり返し、靴の裏を見て、腕時計を外した。どこだ、どこにある。

「何してるんだナツメ?」

「発信機なんて仕込んでないぜ」

「じゃあなんで二人して私の居場所がわかったのよ……」

「勘だが」

「俺も勘かね」

捜査官の勘とやらで発見されていては犯罪者はやっていけない。
それに何より、問題は。

「……聞いてた?」

「何を」

「だからぁ……今の話」

クラサメは片眉を上げ、「上下するとかなんとか言っていたか?」と聞き返したので、ほとんど聞かれていなかったことに安堵する。それからナギを睨みつけ、言うなよ絶対言うなよとテレパシーを送った。
わかってるっつうの、という呆れ顔で、ナギは首を横に振った。

「何でわざわざ迎えにきたのよ」

「来てはいけないか」

「質問に質問で返さないで」

いつまでこんなことを続ければいいのかなと、ふと思った。
私は本当に、まだクラサメの傍にいたいのか。そもそもどうしてカトルを裏切ったのか。
わからないことばっかりだ。




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