I can barely breathe, when you're here loving me.
(あなたがいて、愛をくれて、初めて息ができる)


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そのままFBIニューヨーク対策本部に場所を移して、カトルたちの取り調べはクラサメたちのチームがやることになった。上司だという顔で出てきたタチナミという男は、その役にクラサメを指名した。
ので、ナツメはその前に取調室に入り込んだ。

「おい出て行け、捜査妨害で逮捕するぞ」

「今更その程度の罪状がついても気にしないわよ。同席させてくんないんなら、さっきのカトルの発言はいつも言ってる冗談だって言い張っちゃうけど」

結局ナツメの証言に立脚する話だから、その言葉には勝てまい。
ナツメが取り調べる側の椅子にさっさと腰掛けてもクラサメはため息だけついて、隣に腰を下ろした。

カトルとナツメの視線は交錯する。

「……お前に、言わねばならんことがある」

彼は神妙な様子で口を開く。そんなことは稀で、ナツメはどんな顔をしていいかわからなくなる。
父親が破産を打ち明けるみたいな表情だな、なんて思ってしまったり。

「不思議に思わなかったか?お前が……ただの誘拐事件の被害者なら、証人保護プログラムが適用されるはずないとは?」

ナツメは目を見開きそうになるのを懸命にこらえた。足を組み替え、「で?」なんて平静ぶった声を吐く。
クラサメがこちらを見もせずに、机の下でナツメの手を取った。わかっていると言わんばかりに。

「あれは“組織犯罪”だった。ニューヨークだけじゃない、シカゴでもカリフォルニアでもやっていた。ブロンドの10歳前後は一番高く売れる。お前についた値は、1万6000ドルだったそうだ」

「……高く売れる、って言って、その程度なの」

笑える話だ。
そう思うのに、笑えなかった。

「あれはな、私の父の手で作られた組織だった。FBIは摘発はできなかったが存在には気付いていて、だからその組織の被害者と思しきお前は証人保護に適用されたんだ。もしいつか誘拐された時のことを思い出したら、証人になっただろうからな」

「そ……れは……」

「私がお前をハーバードの外で拾ったのは、知っていたからだ。お前をどんな形であれ救えるならなんでもしようと思った。……アリアも同じだ。お前は人生を破壊された。その償いをしたかった」

まるで台本でもあるかのように、カトルはすらすらと喋った。明らかに用意された言葉を、感情も籠めずに。
その話し方が一番、ナツメを刺激しないと知っている。確かに、ここで泣きの一手でも使われたらナツメはクラサメの銃を奪っていた。

感情が湧かない。喉の奥はやけに乾いていて、言葉にならない。
それでもなんとか、強がりをひねりだす。

「知ってたよ」

嘘だ。知らなかった。

「知ってたに決まってるでしょう」

I knew, i knew.
さっきとよく似た言葉を吐くと、カトルは目を深く閉じた。

「知らないわけないじゃない。家族ごっこに付き合ってやったのは、あんたを騙すためよこの能無し!!」

きっとカトルは嘘だって見破るのに、わざわざこんな嘘をつく。
ばかみたいな見栄を、言ってどうなるんだ。そう思っても、止められない。

ナツメは椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がり、取調室を飛び出す。
息が荒くなる。どうしていいか、わからない。

涙が出そうなのか、怒りで沸騰しそうなのか、さっき少しだけつまんだチーズごと何もかも吐き出してしまいそうなのか。
自分がどうなるのかわからない。

「あの、ねぇ、ナツメ?その、大丈夫……?」

エミナが気遣うような顔で話しかけてきた。うざったい。ナツメなんていらない、うざったい、どうにでもしてやるって顔だったくせに、弱点を見つけた途端友人ぶった声で!!
そんな奴ばっかりよ!どうせそんな奴ばっかり。
ナツメは全てを他人に押し付けて、とりあえず女性用トイレで吐くところから始めることにした。









クラサメは、ナツメを追わなかった。
彼女のことを今慰める権利も義務もないと知っていたからだった。クラサメだって彼女を騙した人間だ。それもまた、権利と義務に基づく行いではあったのだが。
ナツメが何を抱えているか、朧気にでも理解できた。それだけでいまは充分だ。

「お前は、罪の意識からナツメを助けたのか。カトル・バシュタール」

「そういうお前は彼女が何者か気付かなかったとでも言うのか?クラサメ・スサヤ」

睨み合っているのだか、見つめ合っているのだか、クラサメにも判然としなかった。
ただわかるのは、気に入らないということ。何もかも知ったような顔をしているこの男が。

「債権の偽造についてだが、認めるのか」

「認めないと言ったら、ナツメの手柄がなくなる。ようやく刑務所を出たのに、あれをまた戻すつもりはないとも」

「……そうか」

犯罪者のくせに他人を思いやるようなことを言って。なんて、クラサメは思わない。
ナツメの生き方は結局、守られなかったから選ばれたものだ。秩序に守ってもらえないなら、秩序の外で生きるしかない。
カトルもきっとそうなのだろう。秩序の中で守られないナツメを、守ろうとしている。

ナツメは、お前のことを、家族みたいなものと言っていた」

「……」

「正しいかどうかなど知らないが、お前は確かに彼女を守っていたのだろう」

「……ナツメを、もう一度呼んでくれ」

「なぜだ」

「聞きたいことがある」

カトルは端的にそう述べた。クラサメは一瞬迷ったが、このままでいいとも思えない。
この男はこの取り調べが終わったら即座に拘置所行きだし、おいそれと会うことは許されなくなる。ナツメの立場ならなおさらだ。

クラサメは立ち上がり、取調室の外に顔を出した。そこには妙に憔悴した顔のエミナがいたので、ナツメの居場所を問うと。

「あー……だめ。今、ちょっとだめ」

「なぜ?どうかしたか」

「具合悪いみたいで、トイレで吐いてるから……」

エミナがそう言った直後だった。青い顔をしたナツメが、廊下の奥の角を曲がってこちらに歩いてくるのに気付く。
険しい表情の彼女は顔色こそ青ざめていたが、足取りはそう悪くない。しっかりしている。

「何。どうかしたの?」

「カトルがお前に会いたいと言っている」

「わかった」

断ってもいいが、と付け足そうとした言葉はナツメがあっさり首を縦に振ったので立ち消えてしまった。
ナツメは一人、さっさと取調室に戻っていく。その背中はしゃんとしていて、気丈さを窺わせた。

彼女はしかし、椅子には座らず、壁際に凭れた。警戒心は消せないらしい。
カトルは気にすることもなく、姿勢正しくナツメに視線をやると、口を開いた。

「二ヶ月前に自首したのは聞いている。確認された罪状は確か、絵画の窃盗とローズダイヤの窃盗だったな」

「……ええ」

「それは私がプランニングした事件だ。ナツメは関係ない」

「は……?」

ナツメは硬直し、クラサメは瞠目した。彼の発言の意図に気付いたのはたぶん、クラサメが先だった。
それでもクラサメが何か言うより早く、ナツメは弾かれたように声を荒げた。

「何言ってんの!?あんたっ、それじゃあ、あんたは……!!」

「私がナツメを巻き込んだ。彼女は犯罪など望んでいない。最初から。最初に、私や父という悪があって、FBIという正義があった。“この子”はその間で犠牲になっただけだ」

「カトルあんたっ!!」

「こいつは、何も悪くない」

カトルはひどく淡々と、クラサメにそう言った。
クラサメは暫し迷った。

けれど、言っている意味はわかっていた。
カトルは間違いなく、クラサメに助けを乞うている。カトルのことでなく、ナツメのことについて。
ナツメを愛しているなら助けてくれと。

しばらく沈黙していた。そしてそれから、「わかった」と言った。

「何で!?何でっ、クラサメ!!」

「21時45分、自供と認める。お前には黙秘権があり、弁護士を呼ぶ権利がある」

「そんなものはいらん。少なくとも今は」

「では拘置所への移送を手配する。ナツメ、来い」

「嫌よ!私は確かに絵もダイヤもッ……」

ナツメ!!」

悲鳴混じりに抗うナツメの名を叫び、クラサメは彼女の肩をひっつかんだ。
彼女の目が泣きそうな色をしていることに気付いても、今言葉を止めるわけにはいかなかった。

「彼に償いを、させてやれ」

「……、…………」

彼女の顔は青を通り越して真っ白になっていた。唇が震えているのには気付いたし、止めてやれない自分に不甲斐なさも感じた。
ナツメの腕を取って、取調室の外に出る。僅かに冷たい空気が頬を撫ぜた。

「……私どうしたらいいの」

「これで、お前の罪状はかなり軽くなることになる。カトルが“騙した”と発言したこともあるし、執行猶予がつく可能性まででてきた」

「そういうことじゃなくて……っ」

「私の家に来い」

クラサメはナツメを見つめて言う。ナツメは時間が止まったみたいに呆然と、クラサメを見上げていた。

「ここで、FBIの内側で生きていくなら、私が一生守れる。もう虐げられる必要はない。誰を信じる必要もない、私を信じろ」

ナツメの目からみるみる涙がこぼれ落ちるのを、クラサメは見ていた。




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