Like smoke darknin' the skies.
(立ち昇る黒い煙みたいに)


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何から何までいかれてる。
ナツメは、行き場のなさからとっさに椅子に腰掛けたことを若干後悔しながらそう思った。
クラサメが何を考えているんだかわからない。こんなところに連れてくるあたりからして、どうなんだ?何で私なんだ?
そもそも、ナツメは大した泥棒ですらない。プランナーを兼ねているぶん、単独犯の泥棒より顔は広いかもしれないが、それだけだ。

……あの一年間はそう嘘でもないかもしれないが。
でも、彼はそれを引きずっているのか?

まさかな、と内心一笑に付した。そこまでバカな男でもなかろう。

「……さて、ナツメちゃん?って呼べばいいのかな?」

「どうでもいい、そんなこと」

「うん、そうだろうね。君は自立心が高く、誰も信用していない。だからこそ聞くけど、何でクラサメくんの話に乗ったんだい」

どうしてくれるんだ、とでも言いたげな声音に、私は視線を上げ彼らをきちんと見据えた。ナギはナツメにあからさまな敵意を向けることはないとしても、残りの二人、カヅサとエミナは微笑みを浮かべながらもありありと警戒心を露わにしていた。カヅサは存分に長身で、眼鏡でだいぶ和らげてはいるが目つきは鋭い。エミナも、言わなければ捜査官とは思われないだろう美しさを持つ女性だったが、侮れない。賢い美女ほど、面倒なものはない。
……これは誰の台詞だったかな。ああ、確か、あいつが。

「君がどんな人間だかは知らないけれどね、先日君がFBIに侵入した一件だってクラサメくんは充分面倒くさいことになったんだ。君の行動如何によっては、クラサメくんの首なんか平気で飛ぶ」

「クラサメくんがどうであれ、犯罪者におもねる気はないわ。見張っているから」

じゃあ、彼を止めればよかったのに。
そうするべきだった。ナツメは犯罪者なのだから、ナツメにこんな無意味な敵意を向けるより、クラサメを止めるほうがずっと効果があったろうに。
こいつらとは、修羅場の数が違う。越えてきた悪夢の数が違う。
ナツメを脅すなんて、彼らにできるわけがない。見くびりすぎだ。

こういうところが、腹が立つ。
己を善人だと信じている連中は。

ナツメはにっこり微笑んだ。

「じゃあ次に素敵な絵を見つけたときには、彼の顔を思い出すようにするわ」

彼らが持てる影響力なんてそんなものだということを、彼らに知らしめるために。
FBIの人間は本当に誰もが傲慢で、見ているだけでやるせない。正義を執行していると本気で思っているのだろうか?

正しいことがいつもできるとは限らないが、それでも正しい有り様を目指す。奴らの答えは、いつもこんなもの。
回答としては百点満点でも、現実としては最低。救えるだけ救っていると誇る彼ら。じゃあ、救われなかった人間はどうすればいいのだろう。

「それで?誰が標的なの?誰を捕まえるために私を呼んだのよ」

ナツメが問うと、カヅサが楕円形のテーブルの端からこちらにファイルを滑らせた。
指先で摘んで開くと、隠し撮りと思しき写真があった。ナツメも端に写っている。

「……そう。カトルを狙ってるわけ」

ナツメに仕事を受注していた窃盗団は、名をミリテスと言い、美術品から株価情報、なんでも盗む有名な集団だ。89の国家で全員が指名手配されていると資料には書いてある。いわゆる生死問わず。つまり罪を償うとか、そういうことはもういいから、殺してでも止めろという類の犯罪者。この情報化社会においては、重要な情報は兵器の設計図のようなものだからかもしれない。ナツメも何度か、殺されてもおかしくないような仕事をしている。

ナツメがそこから仕事を受けていたのは実力が認められたからではない。
いや実力も確かにあったが、最初はそうじゃなかった。そこのボス、カトル・バシュタールとの個人的なつながりによるものだった。

「彼との関係から聞かせてもらおうカナ」

「……」

エミナが声を跳ねさせて問うた時、クラサメが会議室に戻ってきた。そのことがナツメに悪戯心を生んだのかもしれない。
ナツメは視線をさっと巡らせ、首を傾げた。

「家族みたいな……」

考えた割に、明確な答えは出てこなかった。ナギが「は?」と不可解そうな声を端的に発し、ナツメはどう説明したものか迷った。
振り返るとクラサメは目を見開いてナツメを見ていた。カトルとの関係なんて、彼に語ったことはない。クラサメは、知らない。

「……ハーバードが嫌になって、退学したけど、返ってきた学費は大した額じゃなかったから困ってた。カトルは……私がネットで売っていた犯罪計画について話をしにきた。それで、私の状況を知って、気がついたら彼の豪邸に転がり込んでたわ」

「お前それ……!」

「愛人じゃないわボケ。その顔やめろ。そういうことは一切なかった。ナギ、あんたその目止めないと後で鼻フックするわよ」

疑いをありありと滲ませたナギの目をいらつきながら睨み、ナツメは浅いため息を吐いた。薙ぐように視線を動かして、うまい言葉を考える。

「だから、家族みたいなものだったのよ。もう一人、どこぞで拾ってきた子供もいたしね。でもまぁ、何回か仕事をすればアパートくらい借りられたから、すぐに家は出たけど……」

「ハートフルコメディのあらすじみたいで鳥肌立ってきた」

「あんたがうちに転がり込んできた経緯だって時代遅れのロマコメみたいで私は鳥肌立ってたわ」

「まぁそれは言わないお約束でしょう」

ああ、懐かしい。ナツメは内心苦笑しながらも、表情には出さない。ナギはこういう、軽妙にむかつく男だった。

「では、カトル・バシュタールを捕らえるのには、お前の協力は望まん方が良いか」

「ちょっ、クラサメくんそれじゃあ何のために……!」

「我々にとってどんな犯罪者だろうが、家族も友人もいる。今回、ナツメにとってカトルがそれで、カトルにとってナツメがそうなら、逮捕協力を望むべきではない」

クラサメの声に気遣う色が滲んだことに、気づいたものはいただろうか。もしかしたらナツメにしかわからない差異だったかもしれなくて、それを感じ取れたことを喜んでいいのかな、なんて考える。
考えながら、ナツメは携帯電話を取り出した。いくつかある私用電話の中で一番大切な電話だ。
数件しか登録されていないそこにはクラサメの番号も入ったままで、……どうせこれは潜入捜査中にしか使われないものなのだから後で消しておかなければな、と思った。

短縮の二番。鳴らし始め、耳に当てる。クラサメに異議をぶつけまくっていたカヅサとエミナ、それから静観していたナギがナツメが電話を始めたことに気付いて注視し、それに続いてクラサメもナツメに気付いた。
4コール目に、彼は出た。

『……どうした?』

「久しぶりね」

『二ヶ月もどこで何をしていた。連絡がつかないので心配したぞ』

「うん、だから二ヶ月前の定期連絡で心配すんなって言っておいたよね。父親かあんたは、学生か私は」

『反抗期かお前は』

いつもどおりの、そっけない振りで続く会話。距離を測りかねた空気は常に横たわっているのに、気安さはあった。思春期の父娘めいていることぐらい、ずっと前から気付いていた。
しばし冗談を飛ばし合ってから、ナツメは切り出す。

「あのさ、いま、久しぶりにデトロイトに戻ってるのよ。それで連絡したんだけど」

『そうか。珍しいな、そっちから連絡してくるなんて。欲しいものでもあるのか?』

「父親、面を、するなって言ってんでしょ」

『冗談だ。さすがにそこまで歳じゃないんでな。さて、じゃあ夕飯でも行くか』

「そうねー……じゃああの、劇場の横の……」

『ウェストビレッジのか。七時?』

「半ね。……あ、うざったい護衛の連中連れてきたら片っ端から殴るからね。あいつらの真顔見てると何食べても砂噛んでるみたいで嫌なの」

『わかった』

電話を切って、振り返る。クラサメもナギも、みんな同じ顔をしていた。信じられないと言いたげに見開いた目とぽかんとした口。協力を要請していおいて、その顔は何だ。

「……ナツメお前、今、電話したのは」

「カトルが七時半にウェストビレッジのレストランに来るってさ。で、どうすんの?」

「は?……どうすんのって、何がなんだか……」

「つまり捕まえさせてくれるってわけなの?」

エミナの声が鋭く空気を裂いた。はっと気づいたような顔のクラサメと目が合う。

「ワタシたちに理由もなく、盗賊団の首領を捕まえさせてくれるってわけなの?何を考えてるの?バカにしているの?」

エミナの言いたいことくらいわかっている。これまでどれだけの努力でカトルを追っていたか知らないが、ナツメが電話一本かけるだけでカトルは護衛もつけずにやってきてしまうのだ。それはそれは気安い態度で、小娘が少し喋っただけで。
腹を立てるのは当然だけれど、でも。

「だからさぁ。クラサメが私を利用できるよう道具にして、その結果がこれなんだから、成功なんじゃないの?」

こんなこと私にフォローさせて満足かと、そう言いたげな目でナツメはエミナに微笑みを向ける。
自分たちの成果だと胸を張られても心外だが、そんな顔をする権利だってないだろう。手駒が思うように動かないから苛つくなんて顔、させてたまるか。

「それで?今夜捕物はしたくないって言うなら、私はタダ飯食べてくるけど」

面々の顔には戸惑いが浮かぶ。本当に来るのか、罠じゃないのか、そもそもこの女を信じていいのか?
そんな疑問が透けて見えるようだった。

「どうする?」

どうでもいいけど、あんたたちそんなに感情筒抜けでいいの?




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