We were meant for one another.
(互いのために存在していた)


夢主の名前を入力し、変換をクリックかタップしてください。デフォルトだと“ナツメ”になっています。






――私のチームの、犯罪コンサルタントになる気はないか?

ナツメはその日、首を縦に振ることはなかった。
それどころかだんまりを決め込み、クラサメが何を言っても返事すらせず、クラサメの申請した一時間が経ったことを知らせるブザーに応えるように立ち上がって、勝手に廊下に顔を出し「お客様お帰りでーす」とけだるげな声で看守を呼んでしまった。
まるで話を聞いてももらえず、すげなく帰ったクラサメを、同僚は振られた振られたクラサメくんが振られたーと大笑いしてからかってくれた。片方を強めに殴っておいた。
まだあまり会話したことのないナギという名の後輩も渋い顔をしていて、「彼女をチームに引き入れたいんですか?」と尋ねてきた。

「そうだな。……彼女はプランナーを兼任しているだけあって、顔がきく。仕事の頻度が少ないからうちに引き込んでもバレにくい。コンサルタントとして使うなら理想的な人間だろう」

「それって、クラサメさんの感情なしで、ですか?」

「……なぜそんなことを聞く?」

カヅサもエミナもそんなことは聞かなかった。聞いても無駄だと思ったのかもしれないし、聞くまでもないことだったのかもしれないし、聞くべきことじゃないと思ったのかもしれない。何にせよ、彼らは聞かなかったことを、ナギは聞いた。
批判されるのだろうかと僅かに身構えたが、ナギは「いえ、」と頭を振って、短い逡巡の後に、

「そこに感情があったら良いなと、思っただけですよ」

と、そう言った。
その意図を尋ねる間を与えず彼は仕事に戻ってしまったから、結局聞けずじまいだったが、そういえば彼はナツメが侵入した際、妙に気安い言葉を使っていたような気がしたが……。
踵を返したナギを呼び止める気にもなれず、気のせいだろうとクラサメは判じた。そんなことを考えている暇もなかったし、頭の容量にも余裕がなかったのである。






一ヶ月後、クラサメはまた彼女を尋ねた。ようやく作った時間だったが、ナツメはやはりまともに会話しようとすらしなかった。
何を言っても視線すら噛み合わない彼女の口の端に、かさぶたらしきものを見つけて、クラサメは手を伸ばす。それに驚いて、ようやく彼女は顔を上げてくれた。

「な、何」

「口。切れてる」

「ああ……別に大したことじゃ」

彼女が怪我をしているところを見たのは初めてだったので、気になって問うも、彼女は言いづらそうに口ごもる。その態度が気にかかったので、クラサメは僅かに睨むように目を細めて彼女を見つめた。

「言わないと帰らんぞ」

「……ちょっと絡まれたのよ」

「誰に?」

「よくいるでしょ、女性刑務所には、ゲイが」

そしてクラサメは深く項垂れることになった。
何てことだ。いや、クラサメとてそう詳しいわけではないけれども、けれども、刑務所ではそういうことが多いというのは知っている。よく聞く話ではあるのだ。ナツメが同性に好意をもたれやすいかなど知らないが、クラサメ自身が抱く思いがある以上、そんなことはないと否定するのも難しい。

しかしそれで何で唇の端が切れる。何された。
そう問うより早く、ナツメは何度か首を横に振り、「どうでもいいわ。そんな話をしに来たんじゃないでしょう」と言った。

「早く本題に入ってよね。そしたら嫌ですって言うから」

「……言うな」

クラサメは項垂れている。
ナツメをそんな目に遭わせたくなかった。誰にも言えない話だ。
だからクラサメは出ていくナツメを追わなかったし、逃げられたと報告もした。自分の失態になるとしても構わなかった。彼女と生きられないのならせめてその足を引っ張る真似はしたくなかった。自由に生きてほしかった。彼女の望みを叶えられないクラサメの、せめてもの。

けれどナツメはそれを叩き壊してここにいる。

「ここから出たいと望んでくれ。叶えるから。私が、出来る限りの全てで、守るから」

こんなところに、当てつけみたいに、とどまろうとするな。頼むから傍にいてくれ。

「どうせ捕らわれるのなら、私に捕らわれていてくれ」

ナツメは初めて、きちんとクラサメを見た。ぽかんと開いた唇が何度も動いて、ぱくぱくと空気を食んだ。
そして暫時の空白の後、彼女は静かに言った。

「……条件があるわ」

「聞こう」

「FBIの、過去事件の調書を見せてほしい」

「それは、簡単なことではない。雑に保存されていても、等級のついた秘密だ。だから、……そうだな。FBIへ協力したら、その実績を以って、許可が出せるよう上に申請を出す。それが通れば……」

「さすが役所、建前が必要ね。……でも、まぁ、それでいいわ」

彼女は薄く微笑んで、そう言った。
何が彼女の警戒を溶かしたかわからなかったが、彼女が受け入れてくれるならなんでもいい。

彼女は立ち上がり、肩を竦めて踵を返す。「私の荷物はそのまま?」尋ねる声に肯定の返事を返すと、背中しか見えないのに彼女の表情がわかった気がした。
きっと泣きそうな顔を歪めて笑っている。お互いの間にあったものがまだ形を変えず残っていることを知っていて、でももうそれにすがることができない。

クラサメは、彼女と住んでいた部屋について、上に報告していない。彼女が元々住んでいたアッパーウエストサイドの部屋については捜査が入ったし、ほとんどが証拠として提出されてしまっている。
けれどミドルタウンのアパートには手を入れていないから、当座必要なものはそこにあるだろう。

「明日朝、迎えに来る」

「……待ってる」

ほんの二ヶ月も前には普通だった、恋人めいた距離感のトーン。ナツメは看守のことなど無視した態度で歩き去っていった。
その背に感傷を覚えても、何もかもが変わってしまった。クラサメはポケットの中の鍵を握りしめた。
あの部屋に行かなければ。
住んでもいない部屋の鍵を持ち続けていたことは、ナツメには知られたくないなと思った。




そして翌日。彼女はクラサメが持ってきた服を着て出てきた。グレーのニットにライダース、タイトなジーンズと膝までのブーツ。
こうしていると犯罪者には見えないが、目は鋭く周囲を伺っている。

「信用商売だから、こんなとこうろついてるのバレたらまずいわ」

「しばらく仕事には戻れんぞ」

「でも私が信用を失ったら、FBIの役に立つこともないでしょうが」

呆れたような声で言う彼女のバッグをつい受け取ってしまってから、二人硬直する。
違う違うとわめきながらナツメはバッグを取り上げ、クラサメの前を歩き始めた。この恋人らしい癖を早く止めないと、一緒に働く上で有害だ。
さすがに車のドアを代わりに開けはしなかった。それより早く、ナツメは後部座席に滑らかな動作で座ってしまったからだったが。


クラサメがつい最小限に見積もったおかげで、ナツメの刑期はおそらく五年といったところだった。もちろんまだ裁判もまだだけれど。
そんなわけで、凶悪犯としての扱いはない。だから、GPSを体に取り付けることもない。もちろんそこにはクラサメの努力も多分にあったわけだが、彼女に話すことでもない。

クラサメは彼女を連れて、FBI本部に戻った。知的犯罪対策室に入る頃、ナツメの表情が妙に硬いのに気がつく。

「お前でも緊張なんてするんだな」

「そりゃするでしょうよ、私を正当に殺す理由と銃を一緒に持った人間に四方八方囲まれているんだから。……気にしないでいい。私はただ、FBIって組織が……」

彼女は妙に口ごもり、その後がうまく聞き取れなかった。それをクラサメが問いただす前に、かかる声があった。

「よお、久しぶり」

「……。……あ……、」

クラサメの目の前で、ナツメの唇がゆっくり開かれていく。先んじて見開かれた目が、背後に立つ男を見つけてわななく。

「ナギあんたこんなとこで何やってんのよ……」

「いやーそれはものすごーく俺の台詞だよな?お前突然いなくなったと思ったらクライム・プランナーになってるってどういうことだよ」

ナギ・ミナツチだった。そういえば妙にナツメのことを気安く呼んでいたと思い出して、それから二人に違和感を覚える。
ナギのこんな明るい声も、ナツメの辟易したような声も、どちらも初めて聞くものだからだ。

「あんたは順当にFBIに入ったってわけ……っていうか待って、嘘、最悪!あんたがここに、いるって、ことは」

ナツメはどこか青い顔でナギを睨む。

「イエス、お前の本名身長体重指紋DNAサンプル社会保障番号全てが俺の手の中にあるってことだ!」

「DNAサンプルってどういうこと!?何!?」

「唾液と髪の毛」

「きっ、気持ち悪い!」

「流石に嘘だよ」

「変な汗かくからやめてよ、もう……」

二人がまるで仲のいい友人のようなテンポで会話をするから、クラサメはついていけなくて瞠目するしかない。ついナツメの腕を取り、どういうことかと尋ねるも、ナツメはやはり戸惑いがちに口ごもるばかりだった。
話せないことでもあるのかとクラサメは苛立ったが、ナギが笑い声で思考を中断させた。

「大学時代一緒に住んでたんですよ」

「ものすっごく誤解招く言い方を狙ってやってるよね?喧嘩売ってるのかな?あんたが家追い出されて転がり込んで来たんだろうが!」

いつになく多弁なナギと、ナツメの少ない言葉をまとめると、こういうことらしい。
ハーバード大学、三年の頃の話。

「ちょっと待てお前もハーバード出身か!?」

「えーと、そうね……卒業してないから出身とは言わないと思うわ」

まぁそれはいいとして。
ナギがナツメと出会ったのは、ナツメが三回生、ナギが二回生の頃だったという。
ナギ曰く、ナツメはやたらと目立っていたという。目鼻立ちの美しさはもちろんあったが、美しい女というのははっきり言ってどこにでもいる。だが、彼女の目立ち方は異様だったという。
何かおかしな行動を取っていたということはない。友人を作らなかったし、成績も優秀で、そういった意味で目立っていた部分もあったかもしれないが、それ以上に、彼女は痛烈な違和感を与え続けていたのだと。

犬に紛れた狼のようだったとナギは言った。
見た目は普通の人間だった。立ち居振る舞いはむしろ洗練された、中流階級以上の人間に見えたぐらいだった。それなのに彼女はそこにいるだけで周囲を不安にさせた。どこかが違う、何かが違う。テロリストにでもなるのかこいつはと思ったと、ナギはため息まじりに言った。

「なんかもう、何から何まで怖かった」

「本人を目の前にして言いたい放題だなナギ……」

「代わりに美人って付け足しといたろ許せよ」

「あんたの世辞はわかりやす過ぎる」

「だって俺、カフェテリアでちょっとナンパされただけで相手を本気で逆上させる女初めて見た」

「そんなことあったっけ……」

「あったよ、お前わざと相手に殴りかからせてスタンガンで一発バチッとやってぶっ倒れた男無視してメシ食い続けてたよ」

ナツメがそんなだから、接点はなかったそうだが、ある日ひょんなことからナツメの弱みをナギが握ってしまったらしく。
折悪しく、そのタイミングで親と揉めたナギが家を追い出されたこともあって、ナギはナツメのアパートに転がり込んだのだという。

「最悪な日々だった……作っておいた食事を奪われ続ける日々だったわ……」

「懐かしいなぁ、お前料理下手で面白かった」

「私はまるで面白くなかったわ、何度裏の川に捨てようと思ったかわかんないわよ。……ともかく、全部ばれちゃってるわけね」

「おうとも。ヴァージニア・スパークス、25歳。シカゴ出身、ハーバード大犯罪心理専攻だったが、三年の秋突然の自主退学と失踪。……まぁ、俺には冷蔵庫の中カラにして部屋の契約は移すって連絡だけしてきたわけだけど」

「冷蔵庫ちゃんとカラにしといてくれた?」

「奥にしまいこまれたいつ作ったかわかんないシチューとかな、ちゃんと捨てといた。で、面白いことに、これも偽名なんだろう」

ナギの言葉に、ナツメは表情を凍らせた。

「ヴァージニア・スパークスはFBIにデータがある。意味するところは、証人保護だろ。だからお前が本当は何者か、俺には結局わからない。だからこれは推測だが、ジニーお前、本名がナツメなんじゃねぇか?」

「……FBIって組織は、本当に」

ナツメは俯いて、口角を上げた。視線はすっとクラサメとナギの間を滑り、上って、壁に刻まれた表彰の額を睨む。

「“君に罪はない、名前を変えて生きていくプログラムがあるから安心しなさい”なんて言って、暴くところまでセットなんだから本当、全員死ねばいい」

その声の暗さに驚いて、クラサメはナツメの肩を叩く。彼女は反応を見せず、ただじっと額を睨んでいた。ナギが地雷を踏んだのか。目の奥に濁ったものを見て、クラサメは無理に腕を引く。
彼女は、不思議なことに、クラサメと目があった瞬間にその剣呑さを瓦解させた。大きな目を僅かに見開いて、何度か首を横に振って、「悪かったわ」とだけつぶやくように言った。ナギに向けられたものか、クラサメに向けられたものだかはわからないが、答えたのはナギだった。

「……いや、俺こそ無神経だったな。よほどの事情があるって、わかってる」

「もういい」

ナツメは鋭くナギを睨んでから、静かに顔を背いた。クラサメは会話を切り上げさせる意図もあって、ナツメの腕を引く。彼女は何の抵抗もなく従って、ナギもその後ろを歩く。ナツメを連れてチームの会議室に入ると、そこにいたエミナとカヅサがわっと声を上げた。

「うっわあクラサメくんマジだったよエミナくん」

「クラサメくんはやると言ったらやる人だもの」

「あっちの眼鏡がカヅサで、こっちのニヤニヤ笑いがエミナだ。カヅサにはあまり近づくな、面倒だから」

「面倒!?今付き合い十年じゃきかない友達を面倒って言った!?」

なるほど確かに面倒そうねと言わんばかりの冷めた目で、ナツメは視線をさっと巡らせた。エミナのところで一瞬視線を止めたが、それだけで、彼女はクラサメに向き直る。

「それで?私は何をすればいいわけ?」

「作戦行動に参加してもらう。私はタチナミにお前が来たことを伝えてくるから待っていろ」

ナギが椅子を引いて、座るよう指示するも、ナツメはしれっと無視して奥の椅子を引いて自分で座った。これは前途多難だな、とクラサメは内心零して、会議室を後にした。





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