I'm burnin' alive.
(生きながらにして、燃えているの)


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それは、クラサメが潜入捜査官になって、初めての事件だった。

国を跨いで犯行に及ぶ大規模な窃盗団の動向を見張る。言葉にすれば簡単だが、そういう連中は周辺もきっちり固めているので、近づくのも容易ではない。クラサメが狙ったのは、彼らがよく仕事をさせているという、一人の女だった。
女の経歴は調べても出てこなかったが、今何をしているのかは簡単にわかった。

女は、アッパーウエストサイドなんて富裕層地区の外れのアパートに一人で住んでいる。朝食は斜向いで若い夫婦がやっているカフェで取る。昼はセントラルパークをうろついて、よく美術館にも足を運ぶ。夜はミドルタウンのバーまで出て、一杯か二杯のカクテル、あるいはビールを煽って帰宅する。毎日がこの繰り返し。
活動的な割に、友人や恋人の類はいないようだった。それを目当てとする人間を一切相手にしていないようなので、必要ないと判断しているのだろう。日中働いていないことと、服装の趣味がいいことから、どことなく富裕層に見えるので、アッパーウエストサイドでは意外と浮いていない。

ただこれだけの情報が、彼女が朝食に通うカフェの店員からわかった。地域柄、田舎の金持ちの娘なんかも多く、彼女の行動は目立たないながら、泥棒である以上は無防備すぎると言っていいだろう。

そう、泥棒。
彼女は泥棒だ。詐欺師と言ってもいい。といっても、空き巣や結婚詐欺のような、規模の小さい話ではない。銀行強盗のプランニング、美術品窃盗などといった知的犯罪。その道のプロである。

「それ、標的の資料かい?」

「カヅサ、突然背後に立つな。刺すぞ」

「仲間を何だと思ってるんだい!」

同僚を振り切って、資料を捲っていく。カヅサとクラサメが話しているのに気がついたエミナが寄ってきて、クラサメの資料を覗き込む。

「きれいな子だねー、ナツメ?っていうのが通称?クラサメくん役得ー!」

「何が役得だ、若い女なんて面倒くさい……」

「またジジ臭いこと言って、若い男なのにね」

「枯れてるのかもね」

「本当に刺すぞお前ら」

勝手なことばかり言う彼らはクワンティコ時代からの同期で、あの厳しい訓練を乗り越えた仲だから気安い。時々気安すぎるが、クラサメの性格上、これくらい踏み込んでくる相手との方がうまくいくのは事実だ。

「ま、クラサメくん、女なんかその顔で落としておいでって。ね!」

「女の台詞じゃないだろエミナそれ」

「はは、まぁがんばってきなよ。長期だけど、落ち着いてきたら個人的には会えるだろうし。気をつけておいで」

この仕事の始まりは、そんなふうにあくまで軽快に始まった。クラサメは彼女に近づくべく、FBIの技術を駆使して泥棒のふりをして、ニューヨークの街深くに潜っていく。

予定通りにナツメと出会って、あとは協力を取り付けるだけだったが、そこが一番厄介で、結局クラサメはひたすら彼女の傍にいて、彼女が漏らす窃盗団の情報をかき集める羽目になった。







まさかそういうことになるなんて思わなかった。
ナツメが己を愛し、求めるのも予想していなかった。

時折、一緒に仕事もした。彼女の商売敵をはめたこともあるし、18世紀の絵画を盗んだこともある。これについては、売り飛ばした相手の情報をFBIに流しておいたので、幾度か繰り返される転売の途中に介入し関係者もろとも逮捕したらしい。

クラサメは全く予想していなかった。
クラサメ自身、彼女を愛するようになるとは、全く。

……言い訳をさせてもらうのなら。FBIの訓練の一環で、情報提供者を確保する際などは、相手に好かれることが大前提であるとクラサメもみっちり教え込まれていた。そして好かれるのに最も手っ取り早いのは、相手を好きになってしまったように見せかけることだと。
クラサメは彼女に、できるだけ長期的に勘違いをさせるのが仕事だった。けれど、人間そう単純にはできていない。相手が己を愛するなら、相手だって手っ取り早くこちらを虜にしてくるもので。

ナツメはそういう意味では、魅力的すぎた。彼女は本来誰のことも信用しない、警戒心の強い人間だった。ほとんど他人と組むこともない。単独でこなすのが難しい知的犯罪においては、珍しい泥棒だったのだ。
それがクラサメには妙に懐いた。クラサメ自身、誰かの警戒を解くなんて最も苦手なことなのに、ナツメだけはなぜかクラサメを盲目的に信じ、愛した。
ナツメは真摯な愛ひとつで、たしかにクラサメの心を勝ち取ったのだ。


だからクラサメは、時間が経つにつれ悩み始めた。
自分がFBIの人間である以上、この関係には終わりがやってくる。窃盗団が逮捕されれば、上から命令があれば、ナツメが気付けば……。いずれの場合でも、クラサメは彼女の前から姿を消さなければならない。そうなる前にいっそ全て打ち明けてしまおうかとも何度も思ったが、彼女は自分を許さないだろうとも思った。最初から裏切られていたなんて知ったら。それに、ばらしたなんて知られたらFBI内部でもクラサメは問題を抱えることになる。そうなればやはり、クラサメは撤収させられるだろう。

道がない。方法が一つも。
彼女の傍に居続ける、そのための道がなかった。

……唯一あるとするなら、ナツメが泥棒をやめることだろうとは思った。
彼女が泥棒ですらなくなれば、そしてこれまでの犯罪の証拠が出てこなければ、クラサメ以外には見つからない場所に隠れてくれれば。

けれどやはり、そんなこと望むべくもないとわかっていた。ナツメは泥棒をやめてまでクラサメを選んだりしない。
どんなにここに愛があっても、愛だけを信じて選んだりしない。いつ消えるかわからない不確かな愛がなくなるのに怯えながら、クラサメだけを求めてくれるはずがない。そんな女なら、きっとこうのめりこみもしなかった。そうでないはずの女がクラサメだけを信じているから、だからこうも惹かれてしまったのに。

わかっていた。
終わりの形なら、ナツメよりずっと早くわかっていた。絶望も、済ませていたはずだった。

だからその日、全てが唐突に終わったのにも、充分覚悟は済ませていたので。
クラサメはさほど取り乱すことなく、彼女のいなくなった部屋を淡々と片付けて、自身の住まいへと荷物を戻した。

元々、大して持ち込んでもいなかったのだ。これを予見していたから?否、恐れていたからだ。
恐れるということは、備えるということ。ただそれだけだ。


そうしてクラサメは普段の生活に戻っていくはずだった。もう思い出せない一年前の続きの明日を生きていく。できるかどうかなんてわからなくても、そうするしかない。
その日の夜はあまり眠れなかった。一人寝は妙に寒く、懐かしい自室のベッドはよそよそしかった。

翌日、クラサメは職場復帰し、友人や同僚の歓待を受けた。おかえり、と口々に掛けられる声に適当に返事をしながら上司のもとへ向かい、ほとんどまっさらの自分の机に荷物を戻した。
その直後だった。

「クラサメさん、ちょっと」

声を掛けてきたのは、クラサメの知らない間にクラサメと同じチームに配属されていた男だった。たしかハーバード卒で、ロスの次局長の息子だとか誰かが言っていた青年だ。言ってしまえば、コネを持つ奴ということだ。
彼はクラサメたちより二つか三つは若く見えたが、すでにそれなりの仕事を任されているらしい。手にはクラサメが昨日まで行っていた潜入捜査の資料があった。

「あの、このナツメって女、潜入捜査だってバラしました?」

「というより、気づかれて逃げられた。どうした?」

「いや……なんていうか、えーと……来てるんです」

「……は?」

言われて、クラサメは中二階になっているチームの会議室から下を見下ろした。そこには各チームのブースやデスクが並び、知的犯罪対策部門の入り口になっているエレベーターまでの距離は決して遠くない。
エレベーターよりは近く、ガラスのドアを平然とすり抜けた彼女は、まるで見知った道を歩くかのように堂々とこちらに向かって歩いてくる。
黒のライダースジャケット、ぴったり沿うスキニージーンズ、僅かに赤い色が混じった革のブーツ。クラサメの知らない服を着ていた。ナツメはクラサメに気付くと、僅かに片眉を上げ、不愉快そうに目を細めた。

彼女が何者であるか気づいた捜査官たちが彼女を囲み、慌てて銃を向ける。彼女はつまらなそうに首を何度か横に振って、肩をすくめてため息をついた。
クラサメは会議室を飛び出す。

「……どこでもいいから一番近いところに出向いたのに、まさかここの所属だなんてね。潜入捜査のときは知り合いがいない地区を選ぶべきだと思うけど」

「お前、どうして……」

「あなたと会話しに来たんじゃないの。偉い人を早く出しな。検挙率上げてやるんだから、まともな歓待を期待するわ」

言い放つと同時、勇み足気味の捜査官が一人彼女を確保するために手を伸ばした。「待て!」クラサメは鋭く声を上げそれを制止する。
なぜ止めたのか自分でもわからないまま短い階段を降り、彼女の方へ向かう。彼女は武器を持っていないことを示すように手をひらひら振っていた。

その手を捕まえ、後ろ手に逮捕する。

「お前、何を考えてるんだ」

「えー、十二時五十二分。私には黙秘する権利と弁護士を呼ぶ権利があるのよね」

「茶化している場合か」

小声で叱りつけるが、ナツメは飄々としたままだった。彼女は全く逆らわなかったため、取調室へ連れて行くのも簡単だった。クラサメは僅かにためらいながら、彼女に手錠を掛け、取り調べ用のテーブルの中央のバーに引っ掛ける。これで、彼女は立ち上がることさえできなくなるのだ。
防弾ガラスの窓から差し込む光の中、ナツメは一言も口にせず、ただ静かに外を見つめていた。地上三十階にもなるビルの中腹。FBIニューヨーク支部は、ニューヨーク中心部にあって、周辺のビルに埋没することなく存在している。

クラサメはドアの鍵を掛けて、部屋の外に出る。慌ててチームの人間と合流し、事態の把握のために努めようとした。

「どういうことだ、あいつは何を!?最初に話した人間を連れてこい!」

「ワタシだよクラサメ君!」

「エミナくん何言われたか覚えてる?」

「えっと確か、自首しに来たんだけどって言われたの。それで、FBIは自首するとこじゃないから、市警呼ぶから待ってって言ったんだケド……」

「突っ切って入ってきたと。クラサメさん、なんかごちゃごちゃ話してたのは?」

「あいつがふざけたことばっかりへらへら言っていただけだ!大体、自首ってどういうことだ!?どの件だ!?余罪二十件はあるぞ……!」

「それも確認できてないよ、だって突然来てどんどん奥行こうとするから拘束するしかなかったし、……っていうか……待って、クラサメくん身体検査した!?」

エミナが弾けるように叫んで、クラサメは目を剥いて立ち上がる。完全に相手のペースだった。ナツメを拘束はしたけれどそれだけで、彼女は放置されている。
監視すら居ない。
慌ててクラサメは彼女がいるはずの取調室へと走り、外からしか開かないはずの鍵を開けた。
果たして彼女はいなかった。

ナツメがいない!」

「やりやがったあのバカ!」

ナギがそう唸り走り出す。その声音に、彼女への親しみめいたものを感じている余裕すらなく、クラサメは彼女を探すべくオフィスへ戻る。

「誰かナツメを見た者は!?」

オフィスにいた者たちは一様に首を横に振り、こちらへは来ていないと教えてくれた。そうなると可能性があるのは資料室くらいなものだった。とは言っても、今はデータ化著しい時代で、資料室はそう広くない。過去二十年分の事件記録があるだけ。法的に保存しておかなければならないだけのものでしかない。
そんなところに侵入してどうするのかと思ったが、クラサメはそれでも資料室に踏み込んだ。
一瞬で異変に気がついた。

「……ナツメ

足元に転がる資料のバインダー。彼女は特定の年度の棚をひっくり返し、おそらくは何かを探していた。特定の年度、特定の月、特定の日。そこまで絞り込んでいるらしく、必死な形相で調書を捲っていた。
クラサメが来たことくらいきっと気付いていて、それなのにこちらに視線もくれず、ひたすら手と目を動かして。

ナツメ!」

資料を取り上げるために伸ばした手が振り払われる。無理に腕を掴むと彼女はようやく顔を上げ、クラサメを見た。
睨もうとして失敗したような目をして、濡れたみたいに潤む大きな目が、クラサメを捉えて震える。言葉を吐こうとして失敗した唇。

「何をしてる。何を探してる?」

「……私は……」

I.'m serching,
探しているの。
ようやく声になった言葉がきちんと紡がれる前に、資料室になだれ込む音がクラサメの背後で響く。

振り返るとそこにはクラサメの同僚たちがいた。そして、それから後のことはほとんど語るべくもない。


ナツメは即座に確保され、拘置所へあっさり連れて行かれてしまった。自白というのは方便だったらしく、一貫して口を割ることもなかったので、とりあえずはFBI支局への侵入を理由とされた。
罪状なんて、探せばいくらでも見つかりそうだったが、証拠となると難しい。彼女の犯行は常に目撃者を残さず、物的証拠など見つかったことがない。あったとしても、彼女からプランを買った実行犯のものばかり。彼らがナツメから買ったと証言しようが、ナツメが否定すればおしまいだ。彼女はメール一つにも気を抜かない人間で、彼女のパソコンから送信されたメールは例外なく一週間以内にクラッシュするよう仕組まれていたぐらいだ。
だから、罪状として認められたのは、たった二件、ナツメが参加した強盗事件で他の人間がへまをした場合のみ。

完全に黙秘を始めた彼女は、しかし弁護士を呼ぶこともなかったので、司法取引を受けることもなく拘置所に入れられたのは翌日のことだ。彼女が犯罪者なのはクラサメがよく知っているので、証拠がなくても凶悪犯として罪状を取られてしまった。

堂々と真正面から侵入された件について、クラサメら捜査官は揃って詰問を受けるハメになり、ナツメに会いに行く算段が立ったのはそれから二週間が経ってからのことだった。
FBIのバッジ一つで、部屋を一つ用意され、クラサメが望んだ通り手錠も立会もなく彼女は現れた。オレンジの囚人服が恐ろしいほど似合わない。彼女も自覚があるのか、居心地悪そうに肩を竦めていた。

最初に会話した日を思い出すかのような嫌味の応酬があった後、クラサメは本題を切り出した。

「……私のチームの、犯罪コンサルタントになる気はないか?」

「……はぁぁぁぁ?」




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