城仕えを始めて一年。子どもたちの誕生日が、八人分過ぎた。もうすぐサイスの誕生日だ。この前のセブンの誕生日には、珍しい水入りのめのうをあげた。魔法に囲まれている彼らだから、魔法には関係ないものを渡したほうがウケがいいだろうと思ってのことだ。

そんな冬を目前とした日、私は焦っていた。数か月前に子どもたちから聞き出した情報より多くが得られない。貴族たちの社交の場にも呼ばれれば率先して出て行ったし、下働きの子供が怪我をしていれば魔法を使って癒やした。おかげで城内でも名を知られ、女王がじきじきに言葉をくれたことすらあった。辺境の没落貴族の姪ということになっていたから、下級ながら貴族が縁談を申し込んできた。もちろん断ったけれど、それだけ私の存在がこのルブルム王城内で認知されたということ。

それなのに何の情報も入ってこない。おかしい。備品係も召使も洗濯女も公爵夫人も知らない秘密なんて、この城のどこに隠せるというのだろう?

「……ああ、こまった」

「え、何が?」

「……」

振り返る。なぜひとりごとに返事が返ってくるのだ。
私の背後にはエースがジャックと共に立っていて、エースは何かを包み込むように、まるで揉み手のような形で両手で何かを持っている。

「……カエル?」

「残念、バッタです」

「かけらも残念じゃないわ!また服の中に入れるつもりでしょう!?こっち来ないでぇぇぇ……!」

私は彼らから逃げるために慌てて走り出す。最近の彼らときたら、いくらなんでも懐きすぎだ。
なんとか二人を撒いたところで、偶然キングとセブン、デュースに出くわした。どうやらエアロ魔法の練習をしていたらしく、地面に木の葉が大量に落ちている。

「っは、はぁ、はぁ……」

「せ、先生!?どうしたんですか?」

「え、エースとジャックが、今度はバッタを……」

「なるほど……あいつら、全く」

キングがそう言って深くため息を吐いた。隣でセブンも頭を抱えている。

「申し訳ない、先生。どうも二人ははしゃいでいるらしい。私たちは生まれてからほとんどをこの十二人だけで過ごしていて、他に年の近い人間っていないんだ。特に先生は悪巧みも笑って許してくれるから、その……」

「あいつらは甘えてるんだろう。嫌なことは嫌だとはっきり怒った方がいいぞ」

セブンが言いよどんだ言葉をキングがあっさり引き継いだ。冷たくはっきりした声音ではあったが、僅かに呆れが滲んでいる。その呆れには親愛も混じっているということは、つい最近知った。
その隣で、二人に比べて背の小さいデュースが頬をふくらませる。

「そうですよ、女性の服にバッタをいれようとするなんて最低です!」

「まぁ、二人は単純にふざけてるんだろうが……」

「うーん、まぁしょうがないわ。いいのよ、他にそういうのをぶつける相手がいないんだろうし。……ねぇ、甘えてるって言ったけど、それって親しみやすい人間が近くにいないってことよね?女王陛下もお忙しいんだろうし」

それは、何の気なく聞いたことだった。深い興味があったわけでもない。
けれど彼らは顔を見合わせ、苦い顔で頷いた。

「最近、マザーとは、……会える、んですけど。なんか変なんです……」

「おいデュース!」

「でも、おかしいじゃないですか!毎日会ってるはずなのに、わたし、もう一ヶ月以上マザーと話した記憶が無いんです……!」

それは、奇妙な告白だった。
聞けば、昔からずっと、子どもたちは毎晩ひとりずつ女王とふたりきりで会話する時間をもらえていたらしい。その日あったことを話すだけだが、その時間が彼らにとっては大切だった。それが、ここ一ヶ月、不思議なことになった。全員確かに女王の部屋に入った記憶、部屋を出た記憶はあるのに、会話した内容が完全に頭から抜けているのだという。

確かにおかしい。そう思った。
そしてそれ以上に、これはもしかして、何か重大なことなのかもしれないと思った。

思えばこの子どもたちのことと、女王の私生活については洗っていない。

「……そうね、もしかしたらあなたたち、疲れてるのかも。今度、詳しく教えてくれる?私、行かないと」

私は会話を早々に切り上げ、即座に踵を返した。背後で彼らが戸惑っているのはわかっていたが、調べないといけない。

「盲点だった……」

子どもたちは、女王じきじきに魔法を教えられている。例えば、王家に伝わる、高威力の魔法を使える十二人。そんなものが存在すれば、当然ミリテスにとっては兵器になりうるのだ。


私はこの日から、子どもたちを調べ始めた。が、簡単には結果が出なかった。

子どもたちの周囲の下働きと親しくなってそれとなく聞いてもダメ。何も明らかにならない。
むしろわかったことは、彼らがどこからやってきたのかさえ誰もしらないということだけだった。どうも、子どもたち自身も知らないらしい。

調べてみると、彼らの乳母はもう死んでいた。が、その娘が下働きとして厨房で働いていたので、話を聞くことができた。もう子供もいるらしい年かさの女性曰く、彼らは赤子の頃にこの城に来たのだという。

「徹底してる……」

やはり何かある。
赤ん坊ばかり十二人も、しかも同じ年に次々引き取って、十二人目でぴたりとやめた。いろいろと、意味のなさそうな行動が多い。
跡継ぎに不安があるとしても、十二人同時に育てるなんて。いくらなんでも多すぎるし、理由がわからない。

そして彼らに共通するのは、皆魔法の扱いがとても上手いということだけだ。いまいち人種も統一されていない気がするが、とにかく魔法だけは皆一様に上手い。
ルシでもない普通の人間だって、才能に恵まれれば小さな炎を起こすくらいはできる。逆説的に言えば、それが限界だ。ルシの一族とは雲泥の差だ。
その点、あの子供たちは、ルシには遠く及ばないながら、非凡な魔法の才がある。それを十二人集めた理由は、気になるような気がした。



だから私は、調査を続行した。思えば、ここでやめておけばよかった。
ここでやめておけば、この城に縛られることもなかったのに。










深夜。
私はまず書物から当たるべきだろうと、これまで避けてきた地下書庫に入り込んでいた。ここは入るなと言われている場所の一つである。一方で、同僚であるクラサメという男は入室を許可されていると聞いた。どうやら、子どもたち関連の書類が主に置かれているらしいのだ。授業のいくつかを教えているだけの私には閲覧の必要はないそうだが、子どもたちの多くを預かるクラサメは見るべきだと、そういうことのようだった。

これまでは、子どもたちに目を向けていなかったので、調べる気にもならなかった。私は灯りもなく、暗闇のなかを歩いて行く。書庫にたどり着くと、胸の下に隠していた細い針を二本取り出して、南京錠の鍵穴に差し入れる。あまり厳重な鍵ではない。タンブラーは簡単に動いて、錠は外れた。

私はそっとドアを押し開いて中に入り、南京錠をすぐ床においてドアを閉めた。懐からランプの代わりにもされる発光する魔晶石を取り出して、そっと室内を照らす。狭い部屋だ。壁にそって本棚が九つといったところ。中央に文机がある。
仄暗い灯りの中、私はとりあえず目についた冊子を引き抜いて中を見る。基本的に棚で分類してあるはずだから、と思って関連のありそうな書類を調べ続けた。
探すのは、魔法や彼らの出自に関することだ。そこに秘密があれば、私は成果を出せる。まだ、人生諦めなくていい。

私は焦っていた。
もう年が年だ。十六を過ぎたら危ういところを、二十一。すでに異例。
失敗すればすぐに、地下に放り込まれるとわかっている。

私は焦っていたのだ。だから、背後に音もなく忍び寄った影に気付かなかった。
肩を掴まれる瞬間まで。

「あっ ?」

突如走ったのは激痛。右肩を外す勢いで私は体を文机に押し付けられていた。暗闇の中に魔晶石が転がって、光が壁を走り、一瞬だけ襲撃者の顔を映しだした。
端正ながら、歪められた顔。光を吸収してなお暗くも見える緑の目。

「貴様、ここで何をしている……?」

「く、くら、さめ……せんせ……」

もうとっくに、夜警以外の城の人間はみな眠りに就いているはずだった。クラサメとて例外ではない。もう真夜中を過ぎているのだから。
それなのに、彼は今ここにいる。どうして。

「どうして、ここに……」

「聞いているのは私だ。こんな場所に何の用だ」

……どうする。どんな言い訳をしよう?思いつかない。
私が答えられずにいると、クラサメは目を細めた。

「怪しいとは思っていた。急遽かけた募集に応募してきたにしては、知識がありすぎだ。それに……子どもたちに気に入られようとしている姿も鼻についた。ミリテスのスパイだろう」

「……」

思いっきりバレていた。これはもう、ごまかしようがないだろう。というかごまかした場合、こんな場所にいた理由を説明できないのだ。おそらくは、手続きさえ踏めば、見張りつきでの閲覧が可能だった。
全ての棚を調べたいのに見張りなんていては困るから、わざわざ忍び込んだのだ。私は暫し躊躇ったが、結局は腹をくくった。

「そうよ。私はミリテスから来たわ」

「いやに素直に認めるな。これから憲兵に引き渡されるとわかっていてか?」

「いいえ。あなたはきっと、そうはしない」

クラサメは警戒を緩ませることはなかったが、腕を圧迫するのはやめてくれた。外れそうだった肩を戻す。明らかに熱を持っていて、これはおそらくしばらく痛むだろうなと辟易した。

「なぜ?」

「私がここにいる、理由を知れば」

足元の魔晶石を拾い上げ、文机の上に置く。と、薄明かりが的確に私とクラサメの顔をぼうっと照らしだした。
その緑の目を見つめる。一年近く同僚だった、しかし詳しくは知らない男を。
面と向かって会話したことはほとんどない。業務上必要ではなかった、そういう理由もある。

だからこの男について、私が知っていることはほんのわずかしかない。
端正な顔立ちのくせにひどく無愛想なこと、元々兵士上がりだということ、そしてあの子どもたちをとても大切に思っているということ。
……そうでなければ、女王の子どもたちにあれほど厳しく接することはできない。あの子たちはそれを嫌がっているけれど、幸運なことだと思う。こういう大人が傍にいてくれる環境は、当たり前じゃない。

「あの子たちのことで、気になったことがあったの。あの子たち、女王に何かされてる。最近、女王とふたりきりになった時間は、全員が記憶をなくしているらしい。……記憶がなくなるっていうのは、フォーグにかけられているか、薬を盛られているかぐらいしか思いつかないわ。だから」

「……なんだと?」

クラサメは訝しんで、表情を曇らせる。なんとなく、思い当たることがあるのかもしれないと、そう思わせるような逡巡。
しかしすぐに、クラサメは私に向き直った。

「騙されんぞ。敵国スパイが、そんなことを調べるために危険を侵すはずがない。どこからそんな話を仕入れたか知らんが……」

「調べるには理由があるわ。私は……私は、女王の兵器について調べてた。女王は魔法兵器を隠してるはず。じゃなきゃ、ミリテスが提案する和平交渉を突っぱね続けられるわけない」

「……それでなぜ、子どもたちを調べることに繋がる?」

クラサメが目を細め、問う。私は答えに窮しながらも、続けた。
本当のことを喋りすぎている自覚はあった。けれどここで捕まるわけにはいかないから、全力でこの男を騙すしかない。そのためには、真実が必要だ。

「兵器を探したけど、一年かけても何も見つけられなかった。子どもたちは十分に兵器になりうるわ。ルブルムだってすべての人間が魔法を使えるわけじゃない、そんな中であれだけ魔法を使える子どもたちは珍しいどころじゃないわ。女王がじきじきに教育を施せばそういうこともあるのかと思ったけど、そもそも魔法の資質は血と運よ。生まれた瞬間にほぼすべて決まってるわ」

「子どもたちを、兵器に……だと……?」

「理論は難しくない。子どもたちに魔力を貯めることができるはず。魔法の資質がない人間は魔力も体内をすり抜けていくけど、もともと才能のあるあの子たちならきっと貯められるでしょう。それだけ高破壊力の魔法を使えるようにもなるわ。それから、これは考えたくないことだけれど、……魔晶石と同じように、起爆することだって」

私がそう言うと、目に見えてクラサメの顔色は変わった。そう、私だってこれは考えたくなかった。
魔法を使う兵器になるならまだいい。けれど、導火線を無防備に投げ出した爆弾として扱われる可能性だって、無いわけではなかった。

「そんな馬鹿なことが……あり得るわけが……」

「あり得ないなんて言えないでしょ?国家間のことよ、何だって起こるわ。十二人の先鋭部隊って言い方をすれば何もおかしいことじゃない」

クラサメの警戒が、解けたのを感じた。うまくいっている。
私はダメ押しに出た。

「私は、もちろんミリテスの命令でこの国にきた。でもあの子たちがそんな目に遭うとしたら、……それを見過ごせるほど、残虐じゃないの。あの子たちを助けたいの。あなたに今見つかってしまったのは不運だったけれど、却って良かった。あなただって、こんなこと放っておけないでしょ?」

「……放ってはおけんな。確かに」

クラサメは不承不承といった様子で頷いたが、不意に警戒心がその目に宿る。筋力の硬直も感じる。何か失敗しただろうかと一瞬焦るも、私はそれを表に出さなかった。

「だが、お前が子どもたちを助けたい、などと、おいそれと納得できる話ではない。お前が彼らを思いやっているところなど見たことがない」

「……は?」

「数カ月前、ナインとサイスが机を壊したことがあったな。あれは事故ではないだろう」

まさか、そんな話を持ちだされるなんて思わず、私は面食らった。それは確か、二人が喧嘩をしてエイトが止めて昏倒、教室がしっちゃかめっちゃかになった一件だったと思う。

「……どうして、気づいたの」

「床の水たまりに僅かにインクの油が浮いていたし、翌日焼却炉に大量の破れた本が入れられていたのにも気づいた。そして、あの状況では、お前の指示だと思うのは当然だろう」

「っは、だってあの一件、悪いのはサイスとナインだけだったもの。あなたはきっと連帯責任とか言って、全員に書き取りとかさせるつもりだったでしょう?だからよ」

「そういうところが、お前は子どもたちのことを考えていないと言っている」

今度は私が訝しむ番だった。なぜそんなことを言われねばならないのかわからない。私は理不尽から彼らを救っただけだ。
この人の厳しさは、あるべきものだと思う一方で、私から見ても過ぎることがある。だから。

「ああいうことは、どこでだってある。最たるものは戦争だ。彼らが女王の子である以上、彼らの振る舞いの責は国民が負うことになる。それがいかに不条理か、彼らはいまのうちに知っておかねばならない。不条理なことは、世界のどこでだって起きる。そして、従わなければならぬことの方が、圧倒的に多い」

だから。

だから、腹が立つ。

まるで、必死に生きている私が、無駄な努力をしているみたいだ。受け入れられなくて、自分の人生を手に入れたくて、結局好きには生きられなくてもいいからせめて自分で決めたいと、足掻く私が。
間違っている、みたいで。

「だとしても、……だとしても!自分の行為の結果以上のことに責任を持たせるのは間違ってるわ!彼らは好きで女王の子になったわけじゃない、赤ん坊の時点で連れてこられているんだもの。理不尽に立ち向かうことだって、学ばなければならないことよ!」

私はクラサメを睨みつけた。しかしクラサメは、僅かに眉を顰めただけだった。

「何が、そんなに気に入らない」

「……別に。そんなことはないわ」

「ならば良い。が、そう言うのなら、お前はやり方を間違えている。本当にそう思うなら、彼らに正当な抗議をさせるべきだ。ずる賢いやり方を最初に教えるのは、明らかに間違っている」

地下の、僅かな隙間を通り抜けて、冷たい風がそっと私の髪を揺らした。ぱさりと顔に掛かる髪を払って、私は俯いた。

「……正当な抗議、なんて。一体誰が受け入れるって言うの……」

その声がクラサメに聞こえたかはわからない。けれど一つわかっていることがある。
私は先程から、きっと完全に本音で話している。直情的に、おもうがまま、言いたいことを話してしまっている。

思うに初めての経験だ。ミリテスでは誰に逆らうこともできず、潜入中は役割に準じたことしか話せないのだから。


そういう真実は、疑惑を完全に消し去る。演技では出せない表情というものがあり、そういうものは本能レベルで相手を服従させるものだ。
だからクラサメは、絆された。

「……お前の言いたいことは理解した。が、憲兵に突き出さねばならぬのは変わらんな」

「そうかもしれないわね。でもそれ、今である必要はない、そうでしょう。もう少し調査を続けて、あの子たちのことを調べないと、あなただって安心できないでしょう?そのために、私が必要なはず」

「そんな甘言に載せられると思うか?」

「あなたのためだったら、あなたはそんなリスクを侵さない。でもあの子たちのためなら危険にだって足を踏み入れるはず。もし調べた結果、あの子たちが関係なければそれでいい。私を突き出せばいい。でももし関係があったなら?……私を今突き出せば、きっと後悔するわよ」

嘘に宿った真実は、黒いインクのように全てを真実に染め上げる。時として、たった一片の真実が嘘を本当に変えてしまう。
私は、子どもたちのために戦っているんじゃない。自分のためでしかない。でも、あの子どもたちが将来を決定的に決められているのだとしたら。私と同じく、最終的に使い切るために用意された子どもなのだとしたら、私は。

「私は、あの子たちを放っておけない……!」

クラサメは、その言葉に動かされた。私は成功したのだ。

そして私たちはこの日から、子どもたちのことを調べ始めた。





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