この大陸には、二つの国がある。
元は四つあったというが、それももう昔の話。今やこのミリテス共和国と、ルブルム王国の二つきり。
ハイ・テクノロジを擁しながら、食糧不足に喘ぐミリテス。
魔法と呼ばれる能力を駆使しながらも軍事力に欠けるルブルム。

互いに決め手に欠ける状況で、攻めあぐねてもう数十年。わたしはそんなルブルムに生まれて、そんなミリテスで育って、魔法の使えるミリテス人として重宝されているところだ。
たとえばスパイとして。

「よぉ嬢さん、今度は長期任務だそうで」

「人を嬢さんとか呼ぶなナギ」

「だってそんな格好してっから。なにそれ、清楚系?テンション上がんねぇなあ」

「あんたのために化けてんじゃないのよ」

普段の自分ならありえないような格好を、すれ違った仲間にからかわれながら、私はミリテスを出る手続きに入る。諜報局の中での手続きが終わったら、正規の手段以外でルブルムに入らないといけない。記録が残ってはならないからだ。大変面倒くさい。

いつもとは違う、長いスカートとコートの裾を揺らして、私はルブルムに向かった。数日かけて、ようやく国境を越えることができる。
最近は緊張状態で、なかなかルブルムには入れなかった。これは戻るのに難儀しそうだな、なんてひとりごちる。

「……まぁ、できることならもう戻りたくないけどね」

誰にも聞かせられない言葉を吐いて、私は結局ミリテスを出て一週間後にルブルム王都にたどり着いた。海に面した城が綺麗だった。前時代的だが。
女王の子どもたちと呼ばれる者たちに、勉強を教える人間をひとり募集しているという。私は盛大に詐称された経歴を手に、堂々城へ乗り込む。こういうときはいつだって緊張するものだが、大抵は案外あっさり入り込めるものだ。
何人か候補はいたようだが、魔法を満足に行使できたのは私だけで、おそらくはそれも決め手になったのだろう。


翌々日には、城内に部屋をもらうまでになった。そう広いわけでもないけれど、決して悪くなかった。少なくとも、ミリテスで与えられていた部屋よりマシだ。
薬学、医療関連を主に教えることになって、仕事はすぐに始まった。女王の子どもたちに関してはかなり身構えていたものの、十二人の子どもたちは思っていたよりずっと大人で、純粋で、異様に好奇心旺盛で、普通だった。肩透かしをくらったくらい。

教師として受け入れられて、私はルブルム王城の中枢に入り込んだ。同僚はたった一人、ほとんど兵士ばかりの城、動きやすいことこのうえなかった。同僚がかなり厳しい教師だそうで、歳の差が少なく甘い私に子供もすぐ懐いてくれた。

「ねえねえ先生、外の話聞かせてー!」

「ええ、何が聞きたいの?あ、ごめんなさい、歩きながらでもいいかしら?」

「わたくし、ルシというものについて詳しく聞きたいです!」

特に勉強熱心な子たちに説明しながら、歩き慣れ始めた城内を進む。と、視線の先で、私よりずっと前から彼らの教師をしている男性が目に入った。どうやら廊下に何名か正座させ、叱っているようだった。
以前に一度挨拶したっきりで、ろくに話したこともない相手だ。たったひとりの同僚ではあるのだが、いかんせん彼にも愛想がない。
すれ違いざま、一瞬だけ彼の横顔を見た。綺麗な緑の目。彼がこちらに気付く。私が会釈すると、彼も僅かに頷きを返す。

「……だから、まぁルシっていうのは神官の一種に近いかなぁ?噂だと、当主は尋常でなく長生きらしいわよ。不老不死なんですって」

「え、それ本当なのか!?まゆつばだと思ってた……」

「いや、噂だから。でも火のないところに煙は立たぬって言うしねぇ、なにかしら理由はありそうよね」

「なるほど……とても参考になりました!またお話聞かせてくださいね!」

「ええ。ではまた明日」

満足したらしい彼女たちは私から離れ、来た道を戻っていく。途中、叱られている兄弟たちに何事か声をかけているのが聞こえてきた。

「ああもう、ですからわたくしもエースも止めたでしょうに」

「クイーン助けてよぉ〜!」

「黙れジャック。クイーンたちはもう戻れ」

「はい、クラサメ先生」

「はーい」

「クイーン!!シンクぅぅぅぅ!!」

私はくっと喉を鳴らして一度だけ笑った。なんて平和な情景か。
それにしても、クラサメ先生か。彼の顔を脳裏に思い浮かべる。

「(……あんなに綺麗な男、もし権力者で、もう少し表情でもあったら、きっと好きになるのに)」

なんてもったいない。
どうでもいいこと、だけれど。



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