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飛空艇で議事堂に辿り着いた頃には、陽が既に傾き始めていた。ファルシ=フェニックスの光はうっすら弱まっているような気すらする。

リグディの操縦は一分の狂いもなく議事堂前の広場に飛空艇を止め、シドと数名の兵士にリグディ、それからスノウ・ヴィリアースは慣れ親しんだはずのコクーンにまた足を踏み入れることとなった。
コクーンはすでにかなり破壊されていて……胸がきりきりと痛むのはこれが避けられたかもしれない事態だったからだ。多くを救えたとは思う。でも、大量の犠牲者が出たのも事実だった。パージに比べれば……いや、それはまた違う話だ。
ともかくモンスターたちはかなり駆逐されたらしく、既に生き物の気配がない。人間も、モンスターも、もうここにはいないらしい。

「……ルカとは、どこで分かれた?」

「あの奥だ。祭祀場の向こうに、オーファンの部屋があって、そこで。……でもまだそのままの状態かは分からないぞ」

「行けるところまで案内してくれ。無理そうなら君は途中で戻ってもいい」

「そういうわけにはいかねぇよ。あのときは必死だったけど……無理矢理にでも連れてくりゃよかったんだ。俺たちがもっと……俺があいつの手を離さなければ……」

後悔しているのだと、自責しているのだと、その顔はありありと伝えてくる。シドは強い苦しみと、また煩わしさを覚えた。彼のせいではないのに目の前で自分を責められると、二重に痛い。
その苦しみに反して煩わしいのは、ルカの一番近いところにいるのはまだ自分だと信じているからだ。最初に手を離したのは自分。それがいくら重い責任だったとしても、彼女を見失った理由を彼に奪われたくない。間違いなく、自分のせいなのだから。自分のせいであるべきだ。
そんなことを思った。

「とにかく今は案内してくれ。早いなら早い方がいい」

「ああ。こっちだ」

スノウは危険があることも理解しているくせに急いで祭祀場に飛び込んでいく。下に婚約者を残しているというのに……こういうところは、ルカにも似ている。自分が傷つくのが一番楽だと本気で思っている人間というのは意外と多い。そんなことあるはずがないのに。

ルカを探しに行きたいから誰か案内してくれと頼んだとき、そこにいた三人の元ルシは自分が行くと言い出した。が、結局スノウが「俺が一番打たれ強い」と言い切り同行者となった。これだけ聞くと好戦的なだけに聞こえるが、それは違うと解っていた。ホープ・エストハイムは騎兵隊の保護していた父親と再会する直前だったし、サッズ・カッツロイは息子連れ。結局スノウが来るしかないのだろうなとシドもうっすら考えていた。
それでも婚約者と再会したばかりだというし、セラ・ファロンが強情に嫌がれば最悪の場合自分たちだけでコクーンに戻っても良かった。が、セラ・ファロンは話を聞くやいなや、「行ってらっしゃい、ヒーロー」と笑ってスノウ・ヴィリアースの肩を叩いたので、スノウと共に下界をまた飛び立つ運びになったのだ。

なんと崇高な自己犠牲的行動か。痛烈な皮肉だと思った。ここにナバートとロッシュがいたら、きっと口論になったろう。
あの二人は、見つからなかったけれど。


祭祀場の奥、開けることの許されなかった扉の先には、なにやら奇妙な空間があった。世界が赤く、足場は狭いのに落ちた先にはひたすら落ち続けてしまいそうな深い闇が広がっている。スノウは入るやいなや「……なんか変だな」と呟いた。なんか変どころでなく完全に狂ってるようにしか思えないのだが。

「さっきはなんか、すごい勢いで岩とか色々飛び交ってたんだ。通るのもちょっと大変だったくらいに。でも今は何も飛んでないだろ?」

「何か問題があるのか」

「ないけど……あーでも、この違和感はさっきの状態を見てなきゃわからないかもな」

彼はそう言って頭を掻いて、やはり彼はすたすたと警戒することもなく先へ進んでいく。その先には扉があって、スノウは一切の躊躇なくそれを押し開いた。すぐさま続いていたのは、真っ白な廊下。やはり躊躇うことなく足を踏み入れる彼にシドも続いたが、こんな場所がコクーン中枢に隠されていたとは。
アークを思い出す。あれも、なるほどコクーンはファルシのものだったと理解させてくれた。それは反骨精神に繋がり、今この時を導いた。

「あそこだ」

スノウの指差した先、薄暗い部屋。ぽっかりと開いた空間に張り巡らされたコードは引き裂かれ、酷い有り様だった。
その中を覗きこんで、シドは一瞬心臓が止まるかと思った……中央に人影が横たわっている。ルカだった。

ルカ……!」

シドは駆け出し、彼女に歩み寄った。ぐったりと四肢を投げ出している彼女は、触れると温かな体温を伝えてくる。手を握れば脈もあり、また瞳孔も閉じていた。無事だ。
後ろから追いついたリグディがシドの様子を見てそれを察したらしくほっと息を吐いた。シドはルカを抱き上げる。

「生きてるんだな……よかった。義姉さんと同じことになったかと思った……」

「……ファロン軍曹は、亡くなったんだったか」

「ああ。……義姉さんが、一番セラに会いたかったろうにな」

それは違うだろう、とは思ったが言わずにおいた。君だって同じだったろうし、対象をセラ・ファロンに留めなければ誰だって同じだったろう……誰もが守りたいもののために戦ったのだろう、とは。
そんなことは言われずともわかっているのだろうし、ルカを取り戻した自分が吐いていい言葉でもない。
シドは確かな存在を胸に抱き、来た時と同じようにコクーンを出た。コクーン偵察という建前もあったから、本当なら多少の物資を送り届けたかったのだが、コクーンは思ったより荒廃していたし、何よりルカを早く落ち着かせたかった。飛空艇で僅かな時間コクーンを飛び回り一応建前を済ませた後で、すぐ下界へとシドたちは飛び去った。


そして、夜が暮れる前にコクーンへと降り立って、この非常時にこそ最大限真価を発揮するリンドブルムへと戻り、彼女をベッドに寝かせて。
それから、ばたばたと数時間が過ぎて。やることはいくらでもあったから、本当に矢のように時間は過ぎてしまって。

彼女が目覚めないことに気がついた。

「……ルカ

背筋を這い上がるみたいな、微かな恐怖が身を焦がす。焦って彼女を揺さぶり、一切の無反応から……急いで、医務室の医師に連絡を取った。
当然ながら怪我人が多くいたため、見た限りでは外傷のほとんどない彼女を優先して診察させることは気が咎めて、検査できたのは結局深夜を回った時間だった。
ずっとリンドブルムで抱えている、まだ年若い医師が疲労を顔に滲ませながら告げた結果は、……結果は。

「……詳細は不明です。脳の検査結果も、異常はない。血液検査の結果はまだですが、今のところ大きな異常は見つかりません。目が覚めないのはストレスか……ともかく精神的なものが理由かと。それなら、あと十時間ほどで目覚めなければ、危険かもしれない」

「危険、かもしれない……?」

「はい。とりあえず点滴をして様子を見ましょう。無理矢理に意識を取り戻させることは不可能です……」

十時間がボーダーラインだというのは理解できた。それ以降も目覚めなければ、かなり長期間に渡って眠り続けることも十分にあり得ると。何より異常が見つからず、外傷もまるでないというのがむしろ危険なのだと。

その事実は深く深く胸を抉った。精神的なもの?ルカが?そんなバカな。ストレスだとかそんなものにかんたんに潰されてしまうような女じゃなかった。絶対に。
だとしたら。

だとしたら原因は……間違いなく己ではないのか……?

ルカをシドの自室に動かし、ベッドに安置する。薄く呼吸する胸が上下に動く以外、まるで人形のように眠っていた。そっと髪のかかる頬を撫でる。
どうしてこんなことに?問うだけ無駄な、無意味な問いをそれでも問うた。
答えは出ない。たぶん、誰しもが間違っていた。自分が間違っていた、それだけじゃない。ナバートもロッシュもルシたちもファルシも己も、そしてルカも。全員が間違っていた。だから、こうなるしかなかった。

綺麗だな、と思った。ルカは綺麗だ。なだらかな肌にほんのりと赤みがさし、睫毛が濃い影を落とす。こんなこと、今まで知らなかった……見ようともしなかった。知る必要がなかったからだ。
ルカはただそこに在って、いつでも自分と同じ目線で世界を見た。誰より役に立ち誰より強く、誰より信用できた。彼女の方は自分を信用していなかったとしても。ずっと傍にいたのに……今は、そうは思えない。
どうしてか、手の届かない遠くへ消えてしまったような。そしてもう戻らないみたいな。彼女が展望室を出て行く、その後ろ姿ばかりが脳裏にフラッシュバックする。

「……だめだ」

考えてはいけない。まだ十時間経っていない。くだらないことを考えるのはボーダーラインを超えてからだ。感傷に浸る暇はない。
とにかく少し仮眠をとって、そしてすぐに動き出さなくては。ルカのことはさておいても、やることはいくらでもあるのだから。

シドはルカの隣に寝転がり、彼女を抱き寄せて目を閉じた。眠れないことはわかっていても。




titled by 失踪宣告
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