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仕事を終えて一息吐く暇もなく、シドは机の一番上の引き出しを開けた。そこにはリグディに頼んで集めさせた、ルカの部下の資料が入っていた。経歴とルカの下に転属になったときの辞令内容ぐらいしか載っていないが、それでも多くのことがわかる。
この中で、経歴が綺麗なのはレイダ・カーライルだけだ。他の人間は全員、あわや辞職というレベルの問題を起こしている。浮気した恋人を殺しかけた者、上官を公の場で詰った者、会計不正をリークした者……。問題の大小や正当性の有無に違いはあれど、いずれにしても組織を乱す問題児ばかりだった。ルカが昇進するのでそれに釣られる形で昇進してはいるが、本来ならそんなの望むべくもないような連中だ。
シドは目を閉じ人差し指で、ゆっくりと机を叩いた。とん、とん、とん。その間に思考を整理する。
ルカの言ったことは真実だった。経歴を見ていてもわかる、皆優秀だ。中には現在のパラメキアの警備プログラムの基礎を築いた技術者までいた。彼らを腐らせようとするなんて、PSICOMは何を考えているのか……。
否。シドは己の疑問を否定する。何も考えていないのだ。組織に迎合せず、命令にも不服ならば抗うような者たちは、如何な優秀であれ邪魔になる。それは確かに間違いではない、組織を守るためには不穏分子の排除は妥当な行動だ。しかしこれは……あまりに、やり過ぎではないのか。
指を止めて、コミュニケーターを手に取る。

「……ナバート中佐か。少し、話があるのだが」

『准将ほどの方が、突然何の御用でしょうか?』

刺々しい口調はご挨拶だ。シドは顔だけで苦笑し、すぐに本題に入ることにした。自分だって、暇ではないのだ。

ルカのことで聞きたいことがあってね。正確には、ルカの部下のことなんだが」

『……?なぜそのようなことを……』

ルカの部下だがね、どうやら問題を抱えているものが多いようなんだが……一体誰が配属を決めているのか、知らないか?」

その瞬間、向こうでナバートが息を飲んだのが聞こえた。この反応は、知っているな……。シドは目算をつけた。

『……配属は、厳正な審査の上で、会議の末に決められます。誰が決める、などということは……』

「そういうことになっているのは当然知っているとも。だがこの一件がそれだけでないことくらい、私にわからないと思うかね」

『私を脅しているつもりですか?』

「そう思うのなら君には後ろ暗いところがあるということだが……自白か?」

笑いを含んだ声で揶揄すると、ナバートは息を荒らげ、

『全部貴方のせいじゃありませんか!貴方のせいで、ルカは……!』

「知っていることを全部教えたまえ。そうしないと面倒なことにするぞ。具体的には言わんが」

『……その宣告が既に面倒なんですが……。……ええ、ルカの部署の人事に関しては、私は存じません。なぜか全て……情報が閲覧できないようになっていますし、聖府から降りてくる命令だけで人事が行われているようです』

「……聖府から?」

それは、珍しいことではない。PSICOMは警備軍と異なり聖府直属の特務機関であるから、とくに上層部に近づくほど人事は聖府が握っている。
……しかし、ルカと違って部下は高官ではない。聖府がわざわざ口を出すなんて……。
シドの思考は、ナバートの溜息で掻き消された。

『あなたが絡んでるんじゃないかと私は疑っていましたが……』

「そんなはずがないだろう」

『どうかしらね。……まあいいわ。こんなこと、ヤーグに聞けばいいでしょう。私に連絡などしてこないでください』

一気に口調が砕けた。シドは士官学校の頃のことを思い出したが……懐かしむ相手がナバートというのも、変な話だ。

ルカは常日頃よりナバートのことを誰より知っているのは自分だと公言してはばからないからな。彼女のことを誰より知ってるのも君ではないかと考えたのだが……見込み違いか?」

『……ッ!!ええ、見込み違いです!』

彼女の怒鳴り声が響いた直後、ぶつんという音をたて通話が切れた。照れギレか……。本当にナバートの感情は、ルカが絡むと大体怒りに直結する。わかりやすい人間である。
ルカもあれくらいわかりやすければなと思う。ルカはいつも、わかりやすいようでわかりにくい。
しかし……。

「不和の噂は事実だったのか……」

少し前から幾度と無く聞いていた話だった。大佐に昇進した頃から、ルカがナバートともロッシュとも不仲になってきていると。
ナバートの神経をさかなでした自覚はありながら、シドは苦笑した。本当に何も、わかっていないのだから。
ナバートやロッシュにとって、昇進は出世でしかないのだ。二人はそれに見合った努力をし、見合った才能を発揮して、それで全て解決してきた。それ以上のものにぶつかったことがない。だからルカが今どんな目に遭っているかなどわからないのだろう。同情すべきだとは言わない。同情じゃ何も救えない。けれどもナバートとロッシュが傍にいるかいないか、それがどれだけルカの心を支えるかくらいシドでさえ知っていた。
あの二人は、もう忘れてしまったようだけれど。

シドは立ち上がり、私室と執務室を繋ぐドアに手を掛ける。その瞬間、ドアは向こう側から開かれた。

「先輩、お仕事おわり?」

「ああ、終わったよ」

ルカは待ちくたびれ、シドを迎えに出てきただけだったようで、シドが私室に戻ろうとしているのを見てシドに背中を向け戻っていく。それを追うようにシドも私室に入り、外から差し込む夕陽を受けるルカを見た。先日は人形のような顔をしていたが、今のルカはそれよりはずっと元気そうだ。
リグディから少佐たちのいざこざをルカが収めたと報告を受けていた。その後、たった数日ではあれど、ルカはリグディ同伴のもと数名の下士官と交流を持っているらしい。監視をつけないわけにいかないのが心苦しいところだが、それでもリグディをつけたのはやはり正解だった。気は紛れたのだろう。
ふと、ルカに注ぐ光にシドは目を細め、手を伸ばして腕を掴んだ。彼女が光に溶けて消えてしまいそうに思ったのである。





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