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そうしてルカがリンドブルムでの生活を始めて、幾日かが経った。シドの仕事はそう忙しくはないものの、仕事中はリンドブルム内の見学を許された。シドが許せば、誰も否定はできない。
数日前下士官との昼食をやめさせたリグディだって、ルカがリンドブルム内をうろつくことまで止めようとしていたわけじゃなかった。実際、リグディはあの後シドの私室に戻って篭ってしまったルカにはどちらかというと罪悪感を抱いていたようで、仕事の合間を見つけてはルカの様子を気にしていた。

そして今日はリグディの仕事の内容が飛空艇整備のテスターやリンドブルム武器庫のチェックの立会いというルカも興味を持つ内容だったので、リグディはルカを伴って仕事をしていた。ルカが一方的について回ったとも言う。
ルカはわくわくという感情を隠すことなく彼について回り、武器庫では歓声まであげていた。変な女すぎるわお前、と言われた時にはリグディの足を踏んだ。

「いや、だって俺未だにお前と閣下の取り合わせが理解できないし」

「できんでよろしい」

私もイマイチ理解できんわ、という答えを無言の内に飲み込み、ルカはさらりとそう答えた。武器庫を出て狭い廊下を歩き、リグディの仕事も一段落したのでシドの部屋に戻ろうかと考えている。リグディはわざわざルカが興味を持つような仕事を先に持ってきて調整してくれたようで、いくらリグディの自発的な行動とはいえこれ以上それに甘えるのもどうかと思っていたが故であった。

「お前さ、……大丈夫か」

「何がよ?」

「いや、お前アレ、上司っぽくないから。仕事できてんのかよ」

「そんなんリグディに心配されることじゃないやい」

そう言って溜息を吐く。リグディの気遣わしげな視線には気付かない振りをした。嘘に気付かれている、でも知らない振りをする。それはルカのプライドだった。シドに相談するのを躊躇った以上に、リグディに悟られたくない。
でもリグディが知っているということは、先輩が何か話したな。ルカは内心、歯噛みした。

ふと、何やら喧騒がルカたちの耳に届いた。少し先には小さな談話スペースがある。おそらくそこから聞こえてきているのだ。
リグディはルカをちらと見遣り躊躇するような仕草をしてから、しかしルカを連れたままそこに向かって小走りで進む。ルカが本当にただの士官であるならばルカには予め決められたものしか見せられないが、リグディはルカがただのPSICOMの士官ではなくシドの手の者だと知っている。つまりはリグディにとってもルカは身内なのだ。
駆け込んだ談話スペースでは、大した広さもない空間で何やら男が二人睨みあっている。彼らの周りには何人か遠巻きに眺めるようにして野次馬が集り、ルカはその中に先日の三人を見つけた。アマンダが何やら泣きそうな顔をしており、アンジーがそれを支えるように肩を抱きベティが二人を庇うようにして立っている。ベティの険しい目が、この一件が彼女らに関係していることを一見して悟らせた。
ふと、リグディが小さく悪態を吐いたのが聞こえた。

「士官同士のトラブルか……」

「……片方の階級は少佐だね。で、もう片方は中尉だ」

襟章を目を細めるようにして眺めルカがそう言うと、リグディは頷いた。PSICOMでは階級差の大きい少佐と中尉が争うなんてなかなかあることではないのでそれを問うと、リグディは「騎兵隊は違ぇんだよ」と答える。
騎兵隊ではほとんどの人間が寝食を共にし、階級はもちろん強い意味を持つもののそれを超えて友情やらが芽生える事は多い。つまり、階級関係ナシにトラブルだって起こるのだ。
もちろんそんなことはごくごく稀で、何よりシドが明確な階級の上下関係を重んじている。だが、たまにあることなのは事実だった。よりによってお前が居る時に起こんなくてもな、とリグディは独りごちたがそんなことを言っても起きてしまったものは仕方が無い。

「……なあ、お前ここに突っ立って、ナバート並みのつめったい視線であの二人見つめててくんね?」

「バイト代は出ますか」

「出ません」

それだけ言い置いて、リグディはルカを置いて歩いて行く。その背中を見つめながら、ルカは腕を組み談話スペースの入り口に肩を預け寄りかかった。リグディも大変だなあ、有能だからこそ負う仕事も多いのだ。先輩が傍に居るから目立たないけれど、リグディだって相当に大変だろう。

「少佐、落ち着いてください」

「リグディか……!貴様もこいつの味方をするのか!?」

「味方とはどういうことです?私は何も存じておりません」

リグディが敬語だあー……。
シドに対してもそれなりに砕けた言葉で話すリグディが丁寧な言葉を遣うのを見て、ルカは一瞬感動すら覚えた。なんせ初めて聞くものだったから。リグディはルカの売り言葉に買い言葉で“敬意を払える相手には敬語だ”と言っていたが、それは単純に距離の違いでしかないのだろう。近くに居る人間には心を許すから言葉遣いも軽くなる。そのある種弁えていないともとれる態度がしかし魅力的に映るのは偏に彼の人柄故か。

と、傍で腹立たしげに険しい顔をしていた中尉がリグディに詰め寄った。彼はまだ若く、おそらくリグディとそう変わらない年頃だった。反面少佐はそれより年が少し上で、おそらくシドと同年代と思われた。
異例の出世を繰り返しているシド、ジル、ヤーグ、それから自分がいるせいで、軍部は若い人材で溢れているように思われがちだが、実際はルカたちが特別なだけである。少佐の階級も十分彼の年齢ならば出世コースだ。
少佐は上背があり、ルカから見てもかなり鍛錬を積んだ武人で、それなりに背の高いリグディが少し小さく見える。武術においても他においても、おそらくとても有能なのだろうと推察された。

「大尉、聞いてください。少佐は私の恋人に騙されたと言いがかりをつけているのです」

「言いがかりなものか!あの女は私を騙したのだ!」

少佐の指差す先にはベティが、そしてその後ろにはアマンダがいた。アマンダは小さな身体をより縮こまらせて俯いている。どういうことなのかとリグディが懸命に詳しく聞き出すと、どうやらアマンダは最初少佐に目を掛けられていたらしい。が、その後おそらく彼女の方から別れ、そして中尉と恋に落ちた。少佐は別れを承諾しておらず、またアマンダと中尉の関係は二人共まだごく親しい友人にしか知らせておらず、それ故少佐からは二股ともとれる状態になってしまっていたのである。

リグディが「女沙汰かよ……」と呆れ返りたい衝動をおそらく抑えた似非の笑顔で、とりあえず少佐に場所の変更を求めた。ことが三人だけの問題ならばこうして見世物にすることもない。とはいえルカはそれじゃ解決しないかもなと思う。だって、この問題の決着は少佐が諦める以外に有り得ないのだ。それがわかっているなら怒りをそう簡単には収めまい。そして場所を変えるより、今ここでアマンダと中尉に溝を作るためあることないこと撒き散らすことを選ぶかもしれない。

ルカの予想は半分以上は当たっていた。少佐は怒りを簡単には収めなかったし、場所を変えることにも同意しなかった。ただ、標的はアマンダにはならなかった。

「リグディ貴様、准将に特別に目を掛けて頂いているからといって、この私に命令するというのか……?」

「はぁっ!?少佐、何を仰って……」

「貴様は知らないかもしれないが私は功績を認められてこの地位にいるんだ!たかが飛空艇に乗るのが少し上手いからと取り立てられた貴様とは違う、本当の意味で准将の力になれる部下だ!本当にあの方が求めたときに、PSICOMの高価い兵器を叩き壊すためにな!!」

「少佐!!……あそこにいるのは、PSICOMの将校です!それ以上は、お止め願います……!」

ウワァと思いながらルカは顔色を変えることなく少佐を見つめた。ジルの目、ジルの目と自分に言い聞かせながら。細めた視線を値踏みするようにぶつけ続ける。リグディが自分に頼んだのはこういう役回りなのだ。すぐそばに敵視するPSICOMの目があると思えば、ある程度は思いとどまる。その言動の中身が、PSICOMへの敵対心であればこそ。

問題は、それがルカだったことだった。ジル・ナバートでもヤーグ・ロッシュでもなく、ルカだったこと。彼女の悪名の高さを、リグディは理解していなかった。
ベティたちがそうだったように、少佐はルカを軽視していた。

「ふん……!あのようなお飾りの将校に何を聞かれても構わんわ!准将への嫌がらせに利用されているだけの女など知った事か!!」

「少佐……!?」

「やかましい!!大尉の分際で……ッ!!」

リグディがルカへの暴言を留めようとした、その瞬間だった。彼は腕を振るい、リグディを突き飛ばそうとしたのだ。が、それはルカから見て最悪の角度だった。あの距離では……目に当たる。パイロットの目に、リグディの類まれな資質に傷をつけてしまう。

そう思った瞬間、ルカは飛び出し、少佐とリグディの間に身体を滑り込ませていた。リグディを足で軽く後ろに押しながら少佐の放たれた拳を掴み、そのままぐるりと少佐の後ろに周りひっくり返すように持ち上げた。後ろ手に掴み上げられた少佐はうめき声を上げる。
痛めつけるためにしたわけではないルカはすぐに手を離し、リグディを庇うように下がらせた。少佐はすぐに振り返り体勢を取り戻すとルカをぎょろりと睨み、すぐに攻勢に転じられる姿勢を取った。

「貴様……!!」

「少佐。貴君に一週間の、そして中尉に三日間の謹慎を命じる」

ぴしゃりと言い放つと、少佐だけでなく中尉までもがぽかんとした顔をした。ルカの言葉がそれほど意外だったのだろう。

「いかに生活区画といえど、このような騒ぎを起こしたからには罰則が課されるは必至。わかっていて事に及んだのだからよもや不服などないだろうがあるならば准将に私から上申する」

「ふ、ふん、貴様のような無能な将校が私を罰することなど、できるわけが……!!」

「できないと思っているの?本当に?」

ぎろりとルカは彼を睨みつけた。それに顔を歪める少佐は、一瞬で縛り上げられた恐怖による警戒がまだ緩んでいない。そんな調子でよくこの威勢を保つな、とルカはある種の感嘆すら覚えた。
しかしこの威勢の良さは思いっきり命取りだ。PSICOMと警備軍に指揮系統の隔たりは確かにあるものの、ルカは二階級も上の上官だ。ここまでの不敬な発言は聖府に弓引いたと判断されても仕方ない。さきほどの発言も問題にできる。
こんなことが明るみに出たら、ルカが何もせずともPSICOMが喜び勇んで警備軍の人事に口を出し、少佐は良くて左遷に降格、悪ければ一発さよならだ。そして警備軍とPSICOMとの間に更なる不和が芽生えて蔓延していく。もう全てはルカの両手に委ねられた。さてどうしたものかな。

口汚い誹謗に怒りは芽生えているものの、無能だお飾りだと言われることは別に今更そんなに堪えない。影でこそこそと呟かれるよりずっとマシだ。それに、面と向かって言われるだけまだ気持ちがいい。なんせ言い返すことができる。

「貴君はわかっていないようだが、私は大佐で上官だ。正当な理由があれば貴君に処罰を求めることは簡単なこと。そんなこと今更説明させてくれるな」

「貴様が上官だと……!?私は騎兵隊随一の小隊長を務めているのだ、PSICOMのお飾りが……!」

「それは階級を無視した発言だと思われるが、そう受け取って構わないね?」

静かにそう切り返すと、少佐は更に顔を歪めた。そんなつもりはないと言いたいのだろうが、ルカの階級を無視しているのは認めるのだろう。
ルカはPSICOMで、無能で、大佐。PSICOMで軽視されるなら、騎兵隊ではもっと軽視されて当たり前だ。それは食堂の一件でも思い知っている。

「貴君はその意味に気付いているの?准将が階級を重んじる意味も、階級が存在する意味も、考えたことがないの?……縦に命令の下せる指揮系統を維持するために階級はあるのだ。でなければ准将の命令をどうやってここに居るような下士官たちに繋ぐ。実際に事を為すのは彼らなんだぞ少佐。貴君がいかに優れた現場指揮を取ろうとも、実際に武器を取るのは私でも貴君でもない、彼らだ」

「そんなことは知っている!!今更貴様なんぞに教えてもらわずとも……!」

「いいやわかっていない。わかっているならなぜ、貴君の立場でその指揮系統を否定する危うさに気付かない」

その言葉に、少佐は毒を喉に詰まらせたように息を詰めた。ついに己の発言の問題に気付いたのだ。己のしていることが、アマンダだけでなく、敬愛する上司にも傷をつける可能性があるのだと。遅すぎだけどな、とルカはいらついた。それでもようやくこの男は平静を取り戻し始めた。これならもう自分ごときの説教はいるまい。

「あんたはたった一言で多くを傷つけようとした。一週間の謹慎で、その意味をよく考えろ」

それから、と少佐の後ろで視線を落としている中尉にも視線を向けた。

「私の見る限り中尉に問題は無いように思うが、当事者なので罰を与えないわけにもいかない。経歴に傷はつかないよう取り計らうが、それでも謹慎を命ずる」

「……はい。謹んで従います」

中尉は項垂れたが、事がこれ以上大事になれば中尉ももっと厳罰を与えられる可能性があった。まして少佐より階級が低いから、少佐より重い罰を受けることもあり得る。そう思えば、ルカの与えた罰は遥かに軽いものであった。まあ、大勢の前での“無能”からの叱責で差し引きゼロということでここはひとつ。

「本件はこれで解決とする、これ以降の異議申立て等は直接私か准将に陳情を上げること。それ以外は認めない。では、解散!」

両手を叩いてそう命じ、リグディに目で彼らを退室させるよう促した。それを理解したリグディは「ほら出てけ出てけ。少佐と中尉には後で正式に命令書を送ります」と言って彼らを追い出した。が、しかし、アマンダたち三人は中に残り、ルカをじっと見つめていたので、リグディは察して己も外に出て行った。空気の読める男である。

「あの……大佐。ありがとうございました」

アマンダがアンジーの手を借りずにしっかり立ってそう頭を垂れた。隣に居るベティも、同時に同じように礼をする。

「大佐に来ていただけなかったら……この件は准将の知るところになり、両名もっと厳しい罰が降ったと思います。彼、いえ中尉も……きっと。もしかしたら除隊もあり得たかもしれない」

「別に礼を言われることじゃない。私は偶然出くわした他の隊のいざこざに我が物顔で乗り込んで引っ掻き回したの」

前に出たその瞬間から、そういうことにするつもりだった。引っ掻き回したのがルカならシドには罰されないし、誰より安全にこの場を収めることができるとわかっていたからだ。リグディも同じことができたはずだったが、相手が上官ではリグディはルカと同じ説得はできなかっただろう。少佐を叱責することも難しい。
ベティがルカの謙遜にふるふると頭を横に振り、じっと見つめ返してくる。

「大佐の噂は全て誤りでした。今わかりました。あなたは有能な上官です。……助けてくれました、今も」

「そりゃ買いかぶりすぎよ」

「……騎兵隊に来てくださればいいのに。今こそ本気でそう思います。あなたはここに来てくだされば、准将閣下と共にもっと活躍なされるはずです……!」

ルカは一瞬目を見開いた。面食らったとも言う。あのときの、食堂での一件で、ルカは己の立場がここでも悪いことを理解していたからだ。

「……私はね、それでもPSICOMを選んだんだよ」

しかしルカは微笑んで、そう言った。懐かしい、士官学校卒業時の進路選択。ルカはシドに二つの道を示された。騎兵隊で文字通りシドのために働くか、PSICOMに入ってシドに情報をもたらすか。
どちらを選ぶかはルカに任されていて、ルカは後者を選んだのだ。PSICOMに魅力を感じていたとかそういうことではなく、ただ単純にジルとヤーグがそちらに進んでいたからだった。今でも彼らの近くにいるために、PSICOMでの地位を大切にしているのは変わらない。……でも、もうそれだけでもない。

「だから私は、PSICOMの人間なんだ」

選んだ以上、そこで生きなければ。シドの一番傍にいるのは事実でも、立っている場所は違うから。

ベティはそれ以上何も言わなかった。ただゆっくりと視線を落とし、敬礼の形をとった。それにまた微笑みを返して、ルカは踵を返す。
帰り際、リグディが突然笑い出したのでルカは肩を跳ねさせてそれをまじまじ見返した。

「いや、お前ちゃんと上官やれてんじゃねーかと思ってな」

「無礼だな貴様……ねえ、先輩ってそんな厳しいの?あれで除隊にするほど」

「普段はそんなこともねーけど、……今は時期が悪い。最近大規模な任務も変化もなくて、うちの連中も弛んできてる。今回の件もそういうこったろ。多分閣下は、見せしめもかねて厳罰を下したと思うぜ」

「……じゃあ私はそれを邪魔したとも言えるのかな」

シドがそれを目論みタイミングを図っていたとしたら、ルカのしたことはただの邪魔だったということになる。シドはそれくらいでは怒らないだろうが、快くは思わないだろう。

「いや……PSICOMのダメ将校に一撃で取り押さえられた挙句真っ向から説教くらって、しかも温情までいただいた。この一件はある意味閣下に罰を喰らうより堪えるだろうさ。お前に叱られた部分で、罰をだいぶ帳消しにされた。頭が冷えりゃ二人ともそれに気付くだろ」

「ダメ将校って今クローズアップする必要あった?ねえ」

「褒めてんだよ。俺もさっき、お前が騎兵隊に来りゃいいのになってちょっと思った」

「……リグディ」

それは意外な言葉で、そして嬉しい言葉だった。けれどルカの脳裏には、レイダを始めとする部下の顔ばかりが浮かんでいた。誰も自分にはそう敬意も抱いておらず、けれどもつまらない仕事をしっかりとこなしてくれている。
彼らをこれからどうしていけばいいだろう。ここに来る前からずっと抱いていた疑問には、まだ答えが出ない。





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