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シドの仕事が一段落したのは十七時を過ぎてからだった。パトロールのルートの改正、新しい機銃をどの機体に搭載するかの決定は先週には済んでいるはずだった仕事だったが、ノーチラス近辺で魔物の繁殖が進んでいるという通報のために騎兵隊そのものが一週間近くばたばたしていて結局終わらなかったものである。そこに今日は森林監視大隊の新兵器に関する書類まで上がってきていた。正直こんなことは森林監視大隊の中で済ませて欲しいものだが、現状警備軍の代表はシドが兼任しているせいでシドにも決裁の書類が上がってきてしまうのだ。
正直無駄の多い内容の新兵器だったが、今更シドの段階で差し戻すことはできない。無理してそれをやるほどの価値もない。森林監視大隊は、警備軍の中でも最もPSICOMに追従する毛色の強い部隊だ。そこがどんな風に予算を食いつぶそうと知ったことではないし、今彼らの不興を買ってPSICOMと通じて嫌がらせに出られても面倒だった。
シドは今日の仕事はここで区切ることにして、朝からずっとデスクに張り付いていたがため凝り固まった肩を回した。ルカが途中で食事を差し入れてくれたため今日は動くことなく仕事を終えてしまったのだ。おかげで仕事は早く片付き、しかし身体には疲労の溜まりが顕著である。
そういえばルカはどうしたのか。昼以降会っていない。ルカはシドの元に戻るや否やリグディを部屋に下がらせ、自分もシドの居住スペースに篭っている。彼女らしからぬ静けさだ。眠っているのだろうか?
シドは彼女が寝ている可能性を考慮してゆっくりとドアを開いた。そして一瞬、息を飲んだ。ルカがベッドに腰掛け、じっと窓の外を見つめている。ファルシ=フェニックスの調節されたオレンジ色の光が彼女の全身を染め上げていた。彼女はシドが見ていることにも気付いていないのか瞬きひとつせず身じろぐこともなく、まるで精巧な人形みたいだった。

「……ルカ?」

声を掛けると彼女は可哀想なくらいにびくりと身体を跳ねさせて、ゆっくりとこちらに視線を向ける。こわごわとした、目の動き。ルカは一体どうしたのか、それを尋ねる前にルカはいつもの愉しげな笑みを形作った。

「ああっお仕事おしまいですか!?やたっ」

ベッドから立ち上がった彼女は一切躊躇いなく文字通りシドに向かって突っ込んでくる。相変わらず容赦の無い体当たりだ、そう思いつつ危なげない動作でシドはそれを受け止める。ぶつかってきたルカを抱きとめると、彼女はにこにこと嬉しそうにシドに腕を回し返してきた。シドはその変わりない様子に微かな安堵を抱きつつも、それとなく先ほどの様子について尋ねることにした。

「暇だったか?」

「ええー?うーん、まあそうですねえ」

一瞬答えに躊躇うような仕草をした後、ルカはゆっくりと何度も頷いた。暇だった、という方が都合が良いという顔だ。これは、暇だったという以上に何かあったな。
それにしても彼女が暇というのは少しばかりおかしい。前に長期の休暇の際シドの元を訪れたときは、もう何年も前ではあるが、結構な量の書類を抱えていた。シド以上に忙しいのではないかという勢いで書類を処理し続け、休暇と呼ぶに相応しくない時間になってしまったわけだが、今回はそんな兆しさえ無い。彼女の役職を考えればそれは不自然で、むしろ前回の方が普通の状態だった。
そう思ったシドは、何の気なしにそれを口に出す。

「今回は、仕事の持ち帰りは無いんだな」

その瞬間、ぴしりと、音を立てるみたいに。
ルカが硬直してしまったので、シドは己が彼女の中の地雷を踏んだことに気がついた。

「……仕事は、もう終わったんです。何もすることなくて」

そんなはずはない。シドにはわかっていた。軍人にとって“仕事が終わる”、なんてことは有り得ない。終わる前に他の仕事が舞い込んで、切れ目がつくことなんて殆ど無いのだ。シドは彼女を再度ベッドに座らせ、覚悟を決めた。まだ十七時だし、今は閑散期だ。ルカの話を聞き出すくらいの時間はある。

「いい加減全部話しなさい。……一体何があった」

「…………」

ルカは躊躇いがちに視線を彷徨わせた。自分にも言えないようなことがあるのか、とシドは早々に面倒くさい気持ちになったが、表情にも出さずに彼女が切り出すのを待った。

「不要な……仕事が、回ってくるんです」

「……不要?」

「建て替え工事が終わってまだ10年も立ってない設備の監修とか、たまにまともな仕事があっても終わらせる直前に取り消されたりして……飼い殺し、というか」

視線はゆらゆら揺れて、あわや泣くかと思われた。けれどシドの予想に反して、ルカは泣くどころか表情の大きな変化すら見せなかった。

「大佐になったくらいから、そうでした。いや……中佐になった頃から兆候はあったかな。最近は顕著で……。私はもういいんです。でも、私の部下が可哀想。他の場所で問題を起こしたり、上官とうまくやれなかった人ばかり飛ばされてきて、うちで飼い殺しにされる。みんな本当は優秀です。生かしてあげれば、活きる。レイダもその中でよくやってくれてますけど……でも、辛そうで」

「……」

シドは答えに窮し黙り込んだ。何故そんなことに……そう考えかけて、それは当然のことだと気付いた。ルカの急激な昇進は上に居るものにとって脅威なのだ。功績を少しでも減らすために辛酸を与えるというのは何ら不思議なことではない。だが、それは同時に軍部の無秩序状態を意味しているのではないのか。特務機関であるPSICOMで昇進するか否かというのは聖府の意向が大きく関係している。それを妨害するということは、聖府の権力への反抗でもある。PSICOMは聖府に取って代わろうとしている、確固たる証拠ではないか……。
ふと、ルカがシドの腕を掴む腕が震えているのに気がついた。唇を噛み締めて何かを耐えるようにしている。その力が強すぎてか、唇がうっすらと白い。シドはそれを教えるために、掴まれていない方の手を差し伸べ親指でなぞるようにそこに触れた。はっと何かに気付いたようにルカは目を見開きシドを見上げ、反射的に開いた口をぱくぱくと動かした。
それから、覚悟を決めたように意図を持ってシドを見つめた。

「……先輩。私を昇進させたのは、先輩なんでしょうか?」

ルカ……」

その言葉で理解した。
それを聞くために、彼女はここに来たのだ。シドと争う可能性をわかっていて、でも部下のことを考えて。

シドは静かにルカを見下ろした。どう答えるべきか考えたのだ。ただしそれは答えの内容を考えたのではなく、どう伝えるのが一番彼女を安心させるべきかというものだった。そして数秒と置かず、シドはルカに答えることにした。極めて簡潔に。ルカならば、シドの意は的確に理解する。

「私は、何もしていない」

「……信じていい、んでしょうか」

「それは君が決めることだ。ことが君の部下に関することならば、私から何かを強要することはできない。だから考えてみるといい、君の置かれている状況はどうして起きたことか。そしてそれを私が予想できたか否か、それによってメリットを享受しているか否か」

メリット、という言葉にルカは冷静さを取り戻したようだった。そして静かに長い息を吐き、目を伏せる。それからシドの腕に縋りつく力を強めて首を横に振った。

「先輩にメリットをもたらせていませんね、私は……それを忘れていました」

「……君はな、何か勘違いしていそうだから今のうちに言っておくが。私が君に期待しているのは、ただ情報を漏らすことじゃない。君が見た状況を、君が思うように私に伝えるということだ。ただ情報をもたらすだけなら君じゃなくていい。それに、私は君にPSICOMに入れと言ったことはないよ」

「…………せんぱい」

ルカは安堵したみたいに微笑んだ。安心させるようなことは言っていないが、ルカは時々妙なところで喜んでみたりするから不思議だ。

「なぜ、今喜ぶ?」

「んふふー……なんででしょうねー、先輩にもわかんないことってあるんすねー」

君の機嫌の浮き沈みとかな、と厭味を返そうか迷ってやめた。代わりにぐいぐい胸に頭を押し付ける彼女を抱き返し、背中をゆっくりと上下にさする。そうして彼女の心情を思った。結果に結びつかない、無意味な仕事ばかりさせられている部下は確かに憐れだ。だが、それを強いなければならない彼女を誰が憐れむ。誰が理解する。彼女の心を、一体誰が。
……少し調べる余地があるな。シドはルカを抱きしめる腕を無意識に強めた。




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